通りへの来訪者二組

 その日の昼過ぎ。
 リカルはキリィを連れて、屋台の立ち並ぶ通りに来ていた。
 キリィの学校は昼前までだったのだ。
 兄であるエスノアは宿の方で作業をしていて、キリィを連れ出すことはできなかったのだ。
 お昼時だけあって、人は多い。

「いつ見ても、すごい人だよね。リカルの兄ちゃん」

 長年屋台で食事を済ませただけあって、人が多くてもキリィの足に迷いはない。
 だけどリカルにとってはフードつきのマントという不利な物を身に纏っているのだ。
 どう考えてもこの人の群れでは引っかかって脱げてしまう可能性があった。

「俺この中歩いてフード脱げないでいる自信ないぞ」

 乾いた笑いをリカルが漏らすと、キリィは親指を突き立てた拳を差し出した。
 にっかりと少年は表情を輝かせる。

「任せろって。俺がバッチリ案内してやっから」

 どこからその自信が来るのかをリカルはエスノアから聞いて知っていた。
 エスノアは料理が下手で、夕食や昼食などは屋台で買うことが多かったのだという。
 料理担当を住み込みで雇ってからは、屋台で食事を調達すること自体は減ったのだが。
 キリィにとっては屋台飯がちょっとしたぜいたく品に変わったのだった。

「いや、そういう問題じゃないんだが」

「兄ちゃんはフードしっかり押さえててよ。俺が兄ちゃんを引っ張っていくからさ」

 確かにそれなら、どこかにマントを引っ掛けでもしない限り脱げることはない。

「まあ、それならいいけど」

 覚悟を決めて、リカルは少年と共に人ごみの中に飛び込んだ。
 屋台のある両側は留まる人が多いためか、道の真ん中は目当ての屋台を目指す人、通り抜けようとする人ですれ違うのも大変だった。
 人と押し合い、押さえてなければフードなどすぐに脱げてしまっただろう。

「兄ちゃん、こっち」

 キリィに引っ張られるままに進むと、何やら串に刺した肉をタレに漬けて焼いてる屋台があった。
 火にタレが炙られて、肉と共に香ばしい匂いをさせる。

「ここ、すっげーおいしいの」

「キリィのおススメは?」

 キリィに聞きながら買うものを選ぶ。
 何でもいいんだ、とキリィは笑う。
 リカルは悩んだ末に牛の串焼きを買って、キリィと分けた。

「次はあっちで揚げ菓子買おうよ」

「はいはい。……何だか弟ができた気分だ」

 キリィのおねだりをはいはいと聞きながら、リカルは苦笑する。
 誰かに何かをおねだりされた事なんて、今までなかったことだ。
 もちろん、何かをねだったこともない。
 リカルの少年時代は誰かに甘えることが許されないほど、過酷なものだったからだ。



 レイナはルークと街をぶらぶらと探検する。

「よくも、まあ……俺を連れて街に出ようなんて考えたものだ」

 人ごみの中でルークはそうこぼした。
 彼はついさっきレイナと出会ったばかりで、よくもまあ命を預けて外出できるものだとルークは呆れる。

「逆よ、逆。あなたを連れ出そうと思ったんじゃないの。私が出かけるのに必要だから連れてきたのよ」

「何だ、それは……」

 ルークは居心地が悪そうに身を震わせる。
 それは仕方のない事だった。
 道行く人々がルークの瞳の色に気づいて、ハッとしているのだ。
 それをなるべく気にしないように男は視線を伏せた。

「それで、どこに行くんだ」

「うん、屋台の通りの方に行こうと思ってるの。あっちは人も多いから覚悟してなさい」

 はつらつと少女は言って駆けていく。
 ルークが思ったよりレイナはおてんばなようだ。
 見失うと厄介なので、ルークはすぐさまそれを追いかけた。
 そうして辿りついた通りは、レイナの言った通りに人が溢れている。

「……これは、確かに人が多いな」

「でしょ? ところでルークって言ったっけ? こういう人が多い所に来るのは初めて?」

 何気なくレイナが口にした言葉に、ルークが眉をひそめる。
 昔の事は自分でもなるべく思い出さないようにしていたことだった。

「いや……昔来たことがある」

 慎重に言ったルークだったが、そのことでつい昔の事を思い出してしまう。
 あの時ともにこの街を歩んだ少年。成長した彼をルークは失ってしまった。
 この街も変わり続けているはずなのに、昔の面影を求めてしまった。

「何か悪い事聞いたかしら。ごめんなさいね」

 少しのあいだ感傷に浸ったルークの心情を見抜いたのか、レイナは頭を下げる。

「すまない。楽しい気分に水を差したな」

 慌ててルークが口にして、少女を人ごみへと促す。
 これ以上ルークも昔の事を考えたくなかった。

「ここで何か買うのではないのか? いい匂いがするが」

「――そうね、何か買いましょ。ルークは何か食べるかしら? 不躾なことを聞いたお詫びに」

 少女の提案をルークは一度断ろうと思った。
 つまらない感傷に囚われてるのは自分だとわかっていたからだ。
 しかし、と竜の青年は考える。
 護衛を引き受けた事情から、少女とはある程度仲良くしなければならなかった。


『頼むよ、兄さん』

 ルークの所に王位継承者であるイーザーと共に、ジークがやって来た時には護衛の依頼など断ってしまうつもりだった。
 もう二度と人間に関わるつもりなどない。
 三百年前に、護衛対象に殺されかけた時に誓った気持ちに変わりはなかった。

『もう本当に兄さんにしか頼めないんだ。レイナさんに何かあった時に僕じゃダメなんだよ。幸いまだ母君の対処が効いていて、何も起きてないけどそれも限界が来るんだ』

『くどいぞ。俺が人間と関わらないのは知ってるだろ。他を当たれ』

 無情な拒絶に、ジークはなおも食い下がる。
 そのあとに弟が口にした言葉によって、ルークはしぶしぶだが護衛を務める事に同意した。


「そうだな。俺には繊細な味はわからん。何でもいいとは言わんが、できるだけ素材のままの味がいい」

 少女の提案を受けて、ルークは自分の食べたいものを注文した。
 自分で探してもいいのだが、屋台周辺は人が溜まっている。
 久々の人間の街では、現地のマナーに疎い者がでしゃばっては迷惑になる。

「素材のままの味ね。たしかあっちの方に肉を串に刺して焼いたものを売ってるわ。ついてきて」

 人の流れに沿うように、少女と青年は通りを歩く。

「あら、あっちに揚げパンがあったわ。あとで行きましょ」

 少女が青年を振り返った時だった。
 人の流れを横切った少年にぶつかって、レイナはバランスを崩す。

「きゃっ!」

「あぶない!」

 レイナが倒れかかるのを、ルークは慌てて支える。
 彼女も自分でバランスを立て直そうとしたのだろう。
 宙を泳いでいた手は横切った少年の同行者の被っていたフードをはぎ取る形で握っていた。

「あー……」

 困ったように間延びした声の持ち主をルークは見て固まった。
 黒い髪に、金色の瞳。見た感じの歳はルークと同じくらいか年上か。
 困惑したように、竜の瞳がルークと少女を見比べている。
 レイナが手を離すと、苦笑しながらフードを被り直した。

「ごめんよ、お姉ちゃん」

 無理に人の流れを横切った事を謝罪した少年は、ルークの瞳を見て目を丸くする。

「すっげー……」

 叫びそうになった少年の口をフードの男が抑える。
 それは賢明なことだった。
 ここで叫ぶとフードの彼も自分も注目されてしまう。
 彼が何者かは知らないが、ルークは護衛という立場上必要以上に目立つのはまずかったのだ。

「ダメだ。目立つから叫ぶんじゃない」

 レイナもフードの男の素顔を見たのか、困惑してルークとフードの男とを見比べている。
 この大陸の竜はルークたちの住む領域以外に住んでいない。
 だけど、竜の特徴である金色の瞳をこの男も持っている。
 どういうことだとルークが問いただそうとした時、フードの男が口を開いた。

「ここで話をするのは人の迷惑になる。俺もちょっと話があるし、少し場所を移さないか?」

 それはルークの言いたいことだった。
 断る理由もない。
 むしろ願ってもない話だったので、ルークは了承する。

「ああ。俺も聞きたいことがある」

「よかった。このまま竜には会えないんじゃないかと思ってた」

 意味深なことを呟いて、フードから覗く口元が笑う。
 そして背を向けたフードの男の後にルークたちはついて行くことになった。

流堂志良
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流堂志良

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