王城にて

 不機嫌さを隠しきれずに、城に戻ったルークを出迎えたのは、弟のジークだった。

「ちょっと兄さん。何だよ、その不機嫌そうな顔。もうちょっと愛想よくしたら?」

 ジークが呆れても、ルークはどこ吹く風だ。
 改める様子はどこにもない。
 と、いうより態度を変える必要性を感じていないのだ。

「聞いてよ、ジーク。ルークったらずっとこうなのよそれに――」

 レイナが何かをジークに言う前に、ルークは短くそれを制した。
 彼女が言う前に、街で出会った南大陸から来たという、竜と人間のハーフについて弟と話し合う必要があった。

「――待て。ジークに話がある」

 そしてルークはジークの肩を掴み、廊下の角まで進む。
 ジークはそんな兄の行動に疑念を抱いたのか、何も言わないが文句を言いたそうな表情だ。
 だが、ルークはそれをあえて無視する。

「レイナさんを一人にしておいていいと思ってるの?」

 ジークの言葉ももっともだとルークは思うが、それよりもリカルのことが今は優先事項だ。

「その話はあとでじっくり聞こうと思っている。街に黒髪で金目の男がいると最近聞いた覚えはないか?」

 ジークもルークも黒髪で金目。
 そしてリカルも黒髪で金目である。

「何言ってんの、兄さん。僕はイーザーの護衛だから、街には行かないよ。兄さんは山に引きこもってたんだから、そんな話を聞くわけないじゃない」

 ジークは何も知らない。
 だからこんなことを言うのだ。
 ルークはため息をついて説明する。
 今日街で出会ったリカルという青年のことを。
 風竜王《エアスト・ヴィント》に、彼ら二人の母に会いたいと言った彼の言葉を。

「南大陸から? 母さんに……。竜王《エアスト》のことかな……」

 ジークは考え込む。
 弟が答えを出す前に、ルークは話を切り出す。

「居場所は覚えたから調査したいなら好きにしろよ。はぁ……母さんに会いたいと言っても、素性の怪しい奴を城に入れるわけにもいかないだろ。なのに、あいつは俺のことを冷たいだのなんだのって」

 言葉の後半は愚痴だった。
 山の中の人間と関わらぬゆっくりとした生活に慣れたルークには、表情をくるくる変えてよく喋るレイナに苦手意識を持ったようだった。
 静かにしていたいのに、喋りかけられて困るのだ。

「そんなのでこれからどうするのさ。レイナさんの護衛でしょ」

 起きている間はほぼずっとルークはレイナの護衛をすることになる。
 いくら忍耐強くても、レイナのペースに合わせていたら怒りをぶつけてしまいそうだ。
 そこで、ルークはあることに気づいた。
 彼女が私室にいるときの護衛はどうするんだ、と。

「ところで、ジーク。彼女が私室にいるとき、俺はどこで待機したらいいんだ? 控えの間か?」

「え? 何言ってるの。ずっと同じ部屋でしょ」

 ジークの不思議そうな表情に、ジークは脱力する。

「あのなぁ……」

 レイナはどこからどう見ても年頃の少女である。
 そろそろ国王が嫁ぎ先を考えてもおかしくない、そんな頃合いのはずだ。
 ジークは目こそ金色であるが、立派な男である。
 そんな二人が同じ部屋で過ごすのだ。
 問題にならないはずがない。

「種族は違えど俺は男で、あいつは女なんだぞ。これから結婚の話も出てくる歳だろうに、何かあったらどうするんだ!」

「兄さん、何かするつもりあるの?」

「ないわ!」

 ルークはジークの無邪気な質問を力いっぱい否定して、自分の主張を力説する。

「将来彼女が嫁ぐときに疑われるようなことをしてどうするんだ、と俺は言いたいんだ。だいたい何で護衛が俺なんだ。朝にお前が来た時には聞かなかったけど」

 女性の竜も存在するのに、何故ルークでないといけなかったのか。
 それを問いただす前に、レイナが二人に近寄って来た。

「何の話してるのよ。急に大声出しちゃって」

 レイナは二人が口げんかをしているように見えたのだろう。
 心配そうな顔だ。

「別に。お前には関係ない」

 そっけなくルークが言うのも仕方のない話だ。
 何せレイナの私室にルークが立ち入るか否かが問題なのだ。
 本人の前で話す事ではないと、ルークは判断したのだった。
 しかし――。

「兄さんは護衛なのに、レイナさんの部屋に入りたくないんだって」

 よりによって、弟がレイナ本人に暴露する。

「おい、ジーク!」

「あら、どうして? 私は気にしないけど」

 王女は小首を傾げて、ルークの顔を覗き込んだ。
 明るく光る目が、金の目を捉える。
 最近の人間の女性はこうなのかと、眩暈を感じてルークは首を振った。

「考えてもみろ。お前は王女で、将来国の為に結婚するかもしれないわけだ」

「ええ、そうなるわね」

「護衛とはいえ年頃の女性が、男の俺を私室に入れることが、まずいとは思わないのか?」

 わざわざ言葉を切って、レイナにもわかるように説明したが、いまいちピンと来ないようだ。
 不思議そうにレイナは訊ねる。

「そんな疑われるようなこと、するつもりなの?」

「しない! 何故ジークもお前もそっち方面に思考がスライドしていくんだ!」

 頭を抱えたルークをよそに、ジークとレイナは話を進めていく。

「だって、ジークは兄さんと同じ部屋で寝起きしてるわけだし」

「第一王位継承者の護衛が僕の仕事ですし」

 ジークは王子の護衛しかしたことがないから言えるんだ、とルークは気力も尽きた心で思う。
 しかしいつまでも廊下で話し込んでいては埒が明かない。

「とりあえず、兄さん。その話は後でしよう。レイナさんを部屋までお送りしないと」

「その後そのまま部屋で待機は断るぞ!」

 なし崩しに同じ部屋で待機させられそうな気がしたので、ルークはあらかじめ断った。
 しかし、よく考えてみると王女の私室であるから、控えの間にも数人女官が控える事になるはずだ。
 どこで待機するにしても、男のルークには厳しい話である。

「まあ、まあ。レイナさんの部屋で詳しくは話そうよ」

「それはそれでいいとして、ジーク。お前、自分の護衛対象は?」

 ジークはルークの背中を押して急かす。
 不自由そうに弟を振り返って、ルークは問いかける。
 王位継承権第一位のイーザーが彼の護衛対象だ。
 本来なら、ジークが二人を出迎える余裕などないはずだった。

「イーザーなら、陛下と勉強中だよ。だから、僕はこうして兄さんを出迎えてるってわけ」

 原則的に護衛者は、護衛対象から離れられないが、王族には基本的に竜の護衛が一人ついている。
 もちろん、国王本人にもだ。
 国王と王族が同じ空間にいる場合には、護衛は複数必要でなかったりするのだ。

「わかった。ところで、俺の部屋はどこになるんだ? 寝起きする場所が必要だろう?」

「え? レイナさんの部屋の続きの間じゃないの?」

「それが駄目なんだと、どうしてわからない!」

 護衛という任務について、弟と認識にズレがあるのは悲しいことだ。
 今夜眠る場所だけは何としてでも確保しなくては、とルークは硬く心に誓った。



 王の執務室には仕掛けがある。
 本棚のうちの一つが隠し扉になっており、ある本を引き抜くと魔法のように本棚が開いて通路を開く。
 その通路の先へと、三人の人影が歩いていた。

「陛下。本当にこの先をイーザーに見せてよろしいのでしょうか?」

 国王やイーザーも似たような色の金髪だが、最後の一人の金髪は魔法の薄明りにも映えるほど美しい。
 顔だちはどこかイーザーにも似ているが、肝心の瞳は閉じたまま開かれない。

「そろそろ、代替わりも近いと思っているのでね。レイナに何かが起きる前に伝えておかねばなるまい」

 国王はだんだん皺の目立つようになってきた口元で柔らかく微笑んだ。

「父上、レイナに早急に護衛をつけよとのことで、ジークの兄を連れてきたわけなんですが、本気ですか? 寝起きも同じ部屋でさせるなんて、ルークには伝えていないんですが」

 レイナもそろそろ結婚相手が決まっていてもおかしくない年頃の娘だ。
 それを異性と同じ部屋で寝起きさせようというのは常識から外れている。
 しかし、そうせねばならないだけの理由もあった。

「レイナが最近うなされている、と報告が来ている。お前の母が手を尽くして進行を抑えているが、いつ『月の眼』が発動するかわからん。その時に確実に娘を引き戻す『声』を届かせる者はあの男しかおるまい。三百年前とはいえ、彼には実績もあるわけであるし」

 国王は通路の先を見つめながら、言葉を続ける。

「三百年前はただ、『間に合わなかった』だけでしかない。間に合わせるためには昼も夜も共に過ごすのが当然というもの。その結果として二人の仲が進展したとしても私は反対はしないつもりだ」

「あのルークが、果たして納得してくれますかね?」

 国王の言い分を聞いて、皮肉気に最後の一人が口を挟む。
 だまし討ちのような形で、昼も夜も年頃の娘と顔を突き合わせるなんて、ルークは納得しないだろう。
 それは実際にレイナに引き合わせるときに立ち会ったイーザーも、男の言葉に頷く。

「わかっててやったなら、恨まれますよ」

「そう言うな。全てはこの国を、人間と竜の双方を守るためだ。理由を話せば、きっと理解を示してくれるだろう。感情はともかくとしてもな」

 やがて三人は通路の奥の部屋に辿りつく。
 そこには緻密な魔法陣が床全体を占めていて、その中心には石像のように固まり、動かない二人分の人影があった。

「さて、見てわかるか? こちら側に近い金髪の男がシーモア・エアスト・アウーロラである」

 イーザーたちから見て背を向けて、褐色の肌の男を剣で壁に縫いとめるように貫いているのがわかる。

「俺たちの先祖、ですね」

 イーザーの言葉に満足そうに国王が頷く。

「そうだ。彼は自分の存在をもって、災厄の竜を封印したのだ。直接の封印は見ての通りだが、二重三重に封印は施されている。この国の王という存在もそのうちの一つだ」

 王の説明を次期国王は真剣な表情で聞いていた。

「話には聞いてお前も知っていると思うが、『国王』は即位したその瞬間から、竜の封印に魔力を注ぐことになっている。無意識に力を使い続けるのだ、人としての寿命は短くなる」

 イーザーは見た目にも老いた父を見据え、複雑な表情で頷いた。
 まだギリギリ十代のイーザーの父は、歳からするとまだ男盛りも過ぎぬ頃だが、口元にも目元にも皺が目立つ。
 それは寿命を削ってでも、封印に注力しているからだとイーザーは知っていた。

「さて、このご先祖様に剣で繋ぎとめられているのが、エアスト・カオス。私たちが封印し続けないといけない竜だ」

 千年前、この竜は彼らが暮らす北大陸のおよそ半分を滅ぼしかけた。
 その罪故に、エアスト・カオスは封印されたのだと言われている。
 封印されたのだが、未だにエアスト・カオスは憎しみを忘れていない。
 今もなお封印から抜け出そうとしているのだ。
 そして、始祖であるエアスト・アウーロラは彼を封印した後も、封印の繋がりを利用して説得を続けているのだという。
 説得を続けさせるためには、封印を維持し続けなければならない。
 国王は淡々と己の息子にそう語ったのだった。

流堂志良
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流堂志良

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