「風呂にはいってくる。飯はそのあとだ」
「了解しました。あっ、あたしと一緒に………」
「入るかッ!!」
なおもすりよってくるユリを無理矢理振り払い、浴室へ向かう。
ヘリの中で手渡された新品の制服を脱ぎ、カゴに入れる。
浴室に足を踏み入れれば、ほんのりとラベンダーの香りが鼻孔をくすぐり、燐慟はその湯に身を浸す。
温かい湯が身体の疲れを押し出してくれているようで、少し肩の力を抜くと、ほんの少しだが疲れがとれたような気がする。
浴槽に身を預け、天井を仰ぐ。
眼を閉じれば、今日の出来事が鮮明に思い出された。
そういえば明日から実力測定だ、などと思ったが、本気でやるつもりは毛頭なかった。
早いうちに負けて、蓮と時雨の実力のほどを、この眼に焼きつけておきたいところだ。
「………ノアは使えねェしな」
──ノア
心への直接的深刻なダメージを負った場合に、身体が自己再生能力で補ったものと考えられており、簡単に言えば超能力である。
全ての人間が得られるという訳ではなく、発症するのはごく稀で、ノアの操者になったと同時に、身体の一部が"代償"として失われる。
その存在と能力の特異性から、ノアを有している者は例外なく"ノアの方舟"という、ノアの操者を登録、保護する機関の管理下に置かれる。
操者の判別は学校や病院などで行われ、その際にノスタルジア──主に、操者たちが発する特殊な電磁波のことを指す──を認識できる機器を用いる。
もちろん、推薦入学試験のときに、燐慟も検査された。
結果は──陰性
面倒くさいことになるから、と封じ込めたのである。
ただ、ノスタルジアを封じるという行為は、ノアが使えなくなる上に、かなりの手間と苦痛を伴う。
父からの密偵の命を受けたその日に、燐慟は封印の儀を施された。
全身がばらばらに砕けて、勝手な方向に駆け出し飛び散っていくような激痛に、三日三晩耐えた。
絶えず発されていた叫び声でのどは枯れ、 両手は握りすぎて赤に染まった。
父の話によれば、その間、ユリはずっと隣で看ていてくれたらしい。
滝のように流れ出た汗や、噛みしめた唇に滲んだ血を拭き取ってくれた。
痛みで絶叫しているときも、『大丈夫、大丈夫です』と言って、手を握ってくれていた。
そんな物思いにふけりながら、紅獅子が刻まれている左胸をそっと触る。
これはノアの封印と同時に、操者であることの証である。
普段は人工皮膚で覆ってあるが、万が一 バレれば、どんな手を使ってでも国や軍は、燐慟を保護という名目で捕まえに来るだろう。それだけは避けなければならない。
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