第五話 「忘却」

あれから数日が経った。

あの日の翌日、俺はエミルを忘れるため、「エミル」を削除した。

その日から今日まで創作活動は全くしていない。

いざ書こうとすると手が動かなくなる。

これはもうトラウマのレベルだ。

きっと俺は再び物語を書く事はないだろう。

かと言って何もしないでいると、あの時の事が頭をよぎってしまう。

俺はそれを必死で振り払うために日々の生活に勤しんだ。

講義を真面目に受け、最近全然顔を出していなかったサークルにも毎日行くようになった。

最近サークル内ではある話題で盛り上がっていた。

それはサークルの先輩の作品が入賞を果たし、 出版の話も決まっているとの事だった。

俺はサークルに入ったばかりの頃はよくその先輩から話を聞きに行った。

確かに先輩の描写力は圧倒的で、迫力もスピード感も情景描写さえ、俺は足元にも及ばなかった。

とにかく勉強になる事が多かった。

だから俺は嫉妬し無謀なライバル心を燃やすようになってから先輩とはあまり会わなくなっていった。


更に数日が経過した。

俺は日々の生活に追われるようになり、文章を書こうとすら思わなくなり始めていた。

エミルの事はなるべく考えないようにした。

しかし、忘れられた事など1秒もなかった。

近頃は夢にまで現れるようになった。

忘れたいという思いと一度でいいからまた会いたい、という感情がぶつかり、俺の精神は大きくかき乱された。

夢の中でさえ苦しんだ。

頼むから俺の前に現れないでくれ。俺は新しい一歩を踏み出したいんだ。いい加減俺の記憶から消えてくれ!

朝起きると顔が涙で濡れていた。

もう過ぎた事だ。

なのになぜ、あの時の感情だけが残っているんだ?

なぁ、エミル、俺は始まらなかったよ。

やっぱりお前がいないと前に進めないんだ。

俺の事、好きじゃなくていい。

だから前みたいに会って何気ない時間を過ごさせてくれないか?

俺は夢の事を早く忘れたくて、そそくさと支度をし、狭い玄関を出て大学へ向かった。

うさぎ荘
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