第七話 「叫び」
俺はようやくエミルに会えない生活というものに慣れてきた。
もちろん思い出さないよう、家にあまりいないようにしていた。
講義のない時は大抵図書館に行くかサークルに行く。
苦手なコンパにも顔を出し、周りのサークル仲間にも凄く驚かれる。
おかげで生活苦に陥り短期バイトを紹介してもらった。
これはこれで充実している。
やさぐれていた自分でもこんな前向きに生活できる事にびっくりしていた。
もしかしたらエミルに出会えたから変われたのか?もしそうなら、
辛い経験をしてでも恋愛する価値はあるのかもな。
まぁ・・・一度で十分だが・・・。
今週はバイトを多く入れたので給料がいつもより多く入った。
相変わらずご飯は自炊だが、給料が入った日は酎ハイを買うようになった。
数少ない俺の楽しみの一つだ。俺はお酒が強くない。だから350ml缶1本で十分だ。
これ1本で幸せが買えるのだからなんて安上がりな男なんだ、と喜ぶ。
ちょっとしたつまみを作り、メインディシュの野菜炒めとライスを頂き、座布団を枕にして床の上に倒れこむ。
酔って横になった時の床のひんやり感が体の火照りを緩和させ、何とも幸せな気分に浸れる。
ベッドにも行かずに、食器もそのままで電気もテレビも付けたま寝に入る。
電気代を節約している事もどうでも良くなって、俺はそのまま眠りについた。
夢は見なかった。
とても心地良かった。
なぜなら、あの懐かしくて優しくて柔らかい穏やかな声を聞けたからだ。
俺は飛び起きた。すぐさまパソコンの画面に顔を向ける。
何も映っていない。じゃ、夢か。俺はその場でがっかりする。
俺はエミルを完全に忘れられた訳ではなかった。
最近の充実した生活の中にもどこか心に穴の空いた感覚があった。
忘れようとはしていたが、忘れる事なんてできない。
多分一生・・・。
だから、今、声が聞こえた時はまた戻ってきてくれたのだと胸が高鳴った。それだけに夢だとわかった時の落胆は大きかった。
突然、俺の緊張はそこから一瞬のうちに最高潮へ達した。
もう一度声が聞こえたからだった。
明らかに夢ではない、エミルの声が。
時計の針は既に深夜を越えていた。テレビには見覚えあるアニメが放送されていた。1年前くらいの作品で再放送だった。
もちろんアニメだ、エミルの姿はない。
そのアニメは学園ラブコメで割と人気があり、俺も一度見た事はあるが、1年前の作品だ。
すっかり忘れている。
しばらく観ていると一人のクラスメイトが主人公に話しかけるシーンがあった。
この子だ!俺はもっとこの声優の声を聞きたくなった。エミルと同一人物か確かめたくなった。
翌日、俺はこの作品を全てレンタルしてきた。
あまり出番は多いとは言えないが、ヒロインとは同じ主人公を好きな恋敵役で良いポジションだ。
なぜか懐かしさを感じながらも聞けば聞くほ程に似ている。他人のそら似だろうか。
いや、声質が似てる人なんて山のようにいる。
俺は確信を得るため、半日を費やし最後まで一気に観た。
俺はラストで確信をした。この声優は明らかにエミルだ。
理由は不明だが、このエミルと思われる人物がなぜか俺の前に現れていた。
アニメはラストの場面で、エミル似の声優由奈と主人公佑の一番長いセリフの多いやりとりがある。
「わたし、佑君の事、見損なっちゃったよ。」
「何だよ、急に」
「友希が雄介を好きかもしれないって、それが何なの?確かめもしないで臆病になって。」
「由奈に何がわかるんだよ!?あんな仲の良いところ見せられて俺達の関係壊してまで告るのが良い事なのか?もうすぐ卒業するのに、離れ離れになるのに後味悪くしたくないんだよ!」
「そんな言い訳聞きたくない!そんなんじゃ、何も始まらないよ。ちゃんと私達、気持ち伝え合わないと始まらないよ!」
「それでも・・・怖いんだよ。絶対ダメなのわかってて、関係も壊れてそれでも前に進まないといけないのか!?由奈に俺の何がわかるんだよ!?」
「わかるよ。私ね、佑君の事が好き。この学校に入学してからずっと好きだった。」
「えっ、由奈・・・お前何言って・・・」
「でも私が好きなのは昔の佑君。いつも前向きで明るくてクラスの皆を引っ張って・・・そんな佑君なんだよ。今の下を向いた佑君なんて・・・好きじゃない!がっかりだよ!私の3年間を返して!」
(しばらく沈黙が続く)
「あぁーーーーー!!」(主人公叫ぶ)
「悪い由奈、俺、凄く弱気になってた。そうだよな。こんな俺、嫌われて当然だよな。俺由奈希に俺の気持ち全部ぶつけてくる!由奈の気持ち、過去形でも嬉しかった!
俺、友希の事が好きだ。もし関係が壊れても修復させるし、何とでもする!」
「うん、やっと昔の佑君に戻ったね!」
「じゃ、行って玉砕しててくるわ!」
「うん、こっぴどく振られちゃってきて(笑)」
「ひでぇーーー、でも元気出てきた!ありがとな。駄目だった時は胸貸してくれ(笑)」(主人公走っていく)
「もう、バカ・・・本当に・・バ・・カ・・・」
「どうしたの?由奈?大丈夫?」(偶然通りがかった友人)
「柚真ちゃん・私・・・嘘・・・ついちゃった・・本当は・・・今も好き・・ユウ君を嫌いになんてなれないよ・・・」
当時、このシーンには相当泣かされたのを思い出した。
そういえばラノベ作家を目指したいと思ったのもこのアニメを観たころからだったと思う。
そんな思い出に浸る間もなく、
俺は先程のセリフとエミルとのやりとりを知らず知らずのうちに重ねていた。
俺は物凄く大事な事に気付いていなかったのかもしれない。
あそこのセリフ・・・気持ち伝え合わないと始まらない。
このセリフが頭の中を何度も繰り返されて再生され、俺は記憶の奥へと追いやったあの時の事を思い出した。
確かに俺はエミルに振られた。だけど、俺は?最終的には気持ちを伝えてない。
それに、確かにエミルの俺に対する気持ちはわかった。
でもエミルがどうしたいのかまでは聞いていない。
エミルはどうしたいんだ?ここにいたいのいか、それとも早くそこを抜け出したいたいのだろうか。
仮に抜け出せたとしても過去の記憶はない。
どちらを選択しても不安なはずだ。
辛いのはエミルも同じだったはずだ。
それなのに自分の気持ちを抑えて俺と向き合ってくれてたんだよな。
俺はとんだ自己中野郎だ。
俺はあの日以来何度も繰り返してきた自己嫌悪に陥った。だが、今回は違う。そんなの振り払ってやる。
俺はベッドの上の布団の中に頭を突っ込んだ。出来るだけ深く頭を突っ込んだ。
「あぁーーーーーー!!!」
近所迷惑も時間帯も考えず、でも注意しながら俺は叫んだ。
「エミル、ごめんな!俺、自分の事しか考えてなくて、振られて可愛そうって、不貞腐れてたんだ!
こんな俺と真剣に向き合おうとしてくれてありがとな!
もし、また会えたら今度はお前の気持ちを教えてくれ!
もう振り向いてくれなくていい!俺はエミルの事大好きだ!!ずっと好きでいさせてくれーーーーー!」
目一杯叫んだ。
きっと隣近所に聞こえてるな。
ちゃんと謝る準備しておくか。
でも気持ちはすっきりしていた。
空いていた心の穴が少しずつ埋まっていくような感覚があった。俺はパソコンに向かい一歩目を踏み出した。