ある日、お付きの者が華具夜を彼の母親が使っていた部屋へと案内した。
それは日頃の政務の疲れを見せた華具夜への気遣いであったが、実際彼を疲れさせていたのは継母の振るまいが主なところであった。
それはともかく、華具夜は母の部屋へと入る。中は綺麗に掃除され、また生前彼女が使っていたという道具もそのままに残されていた。
供の者は、いかに俊才な華具夜であろうと、まだ十五の若者である。母恋しい日もあるだろうと、気を利かせその場に彼ひとりにした。
そんな気遣いに苦笑しつつも、窓辺に立つと部屋の中を一望する。
彼が産まれ、幾日もなく死別した母親だ。記憶など残っているはずもなく、懐かしさなど欠片もない。ただ絵に残された姿を思い起こす程度だ。
それでもまったく興味がないわけではなかった。物の少ない質素な部屋に住んでいた人物のことを想像する。
生前の母はどんな人物だったか。
父とどのような話をしていたのか。
この部屋に父は訪れたことがあるのだろうか。
政治的な配慮の絡まない結婚だったと聞いているが、父親からプロポーズを受けたのだろうか。
いくつもの疑問と想像が頭をよぎる。
ふと、華具夜は部屋の奥に戸があることに気付いた。そばに寄り戸を開けると、隣の部屋には上等な着物が飾られていた。
それを手にとって眺めていると、華具夜はいつの間にかそれに袖を通していた。
鏡に華具夜の姿が映る。
色白の華具夜の肌に、その着物の色はとても映えた。
すると彼は誘われるように白粉を塗り、化粧を施す。すると鏡の向こうに天帝に匹敵するほどの美しき乙女が現れた。
華具夜はその姿に見とれながらに考える。
「この者こそ、天帝の隣を歩くのに相応しいのではないだろうか」と。
ある日、華具夜は継母が天帝の側を離れる日を知る。それはちょうど天帝の休暇の日と重なっていた。
そこに確信があったわけではない。それでも彼は亡き母の着物をまとって中庭へと足を運んでいた。
すると案の定、優雅な出立の天帝の姿がそこにあった。天帝がその場に立つだけで、場が名画の如く彩られた。青き地球を見上げる父の姿に息を飲む。
華具夜は誘われるように近づくと、紅を差した口を開いて挨拶をする。
天帝は彼に気付くと目を丸くし、その姿を凝視した。
華具夜は己の正体が発覚したのではないかと心を震わせたが、そうではなかった。
天帝は自分がかつて愛した女の着物と、その面影を持った美しい華具夜に心惹かれたのだ。
天帝は目の前の相手が自らの長子である事にも気付かず、その美しさを称えて和歌を贈る。
我が内の 輝く地球《テラ》こそ 至高なり
されどあなたは 我《われ》を乱さん
(もっとも美しいのは記憶に残る地球の姿だと思っていました。しかし、そばに現れたあなたはそんな考えを乱すほどに美しい)
天帝の贈りし和歌に、感極まった華具夜は同じように和歌で返礼する。
地球《テラ》に似た 輝く君は 孤高なり
されど人には 並ぶ余地あり
(夜空に浮かぶ地球のように輝くあなたは孤高な存在です。でも、我々は人間なのだから並ぶ事くらいはできるのではないでしょうか)
天帝の和歌を自らの孤独を嘆くものと捉えた華具夜は、それを自らの力で少しでも癒やせないものかと考えた。
すると天帝は、彼の想いを受け入れるように抱きしめる。
そして彼らは一夜を共にした。
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