◆ 焦燥
タヤクが走っている道は“白亜の道”と呼ばれ、その名の通り白い玉砂利が敷き詰められた、淡くきれいな道だった。赤煉瓦の壁が道なりに沿って続き、城へはここを真っ直ぐ行けば辿り着く。
白亜の道は緩やかな上り坂になっていて、ふと視線をずらせば色とりどりの町並みが眼下に広がっている。
しかし、いまのタヤクにその景色を眺める余裕など、微塵もなかった。
「あのバカ! どこにいんだよっ!」
駆けるタヤクの口からは思わず愚痴が零れる。
噴水広場でマサア、ミナミと別れてから、結構な距離を走り続けているのだ。このままではミカノを見つける前に城についてしまうのではないかと内心で焦る。
ぼやく彼の後ろからは国王直属隊『ウィルヘイム』の団体が、鎧をがしゃがしゃと鳴らして追いかけてきていた。
広場にいたウィルヘイムの面々は全員そろってタヤクの後を追ってきていて、商店街へ向かったマサアとミナミの方には追手がいない状況である。
――国王を護る方が優先、ってことか?!
自分が向かう方向に、この国の王が居る城がある。万が一タヤクが王を脅したり殺したり、そうでなくても何らかの危害を加えるとでも判断したのか。
タヤクは内心でそう考えてみたが、実際の理由はそうではなかった。
彼らは商店街にギルドの面々がいることを知っていた為、マサアたちのことをそちらに任せただけなのだ。
ウィルヘイムやギルドの面々が何故タヤク達のことを知ったのかと言えば、彼らが金貨をペリア通貨に変えたことが原因であった。
ギルドに所属していた男が遺跡の調査で手に入れた報酬を金交換所に持ち込み、そこの主人と世間話をしていた際にポロリと漏らしたのだ。『今日は大金がよく動く日だ』と。
男が利用した金交換所はタヤクたちが利用した交換所であり、そこはこの街にある他の交換所よりも規模が小さい。交換できる金額も少なく、それゆえに利用する者がほとんどいないので、男は好んで利用していたのだ。
また、金交換所にはならず者や裏稼業の者の出入りも少なからずあったりする。中には手配書を用意されている者もいて、ギルドにも正式な依頼が届けられていることが多い。
店主が漏らした“大量の金貨を持ち込んだ六人組”もそういった手合いの者なのかもしれない。そう思った男が持っていた手配書を幾つか店主に見せてみれば、あっさりと答えが返ってきたのだった。
それからどたばたと事態は進み、男の報告を受けたギルドマスターが王への使いを飛ばし、王の命を受けてウィルヘイムが動いたというのが真相であった。
そんなことをタヤクが知るわけもなく、相変わらず追いかけてくるウィルヘイムの鎧の音に苛立ちながら、「オレってやっぱり貧乏くじ引くタイプなんだろうか」などと誰にともなく呟いていた。
走る足を休めることもなく、タヤクは緩やかな坂を上り続ける。道に敷かれている丸石は、走り続けているとじわじわとした痛みを足裏に感じさせた。
しばらくそうして駆け続けていたタヤクであったが、やがて城と街とを繋ぐ中間ほどまで走ると、「はっ」と短く息を吐き出し、
「あーっ、めんどくせぇっ!!」
と、大声を上げながらその足を止め、ウィルヘイムの面々の方を振り返った。
急に立ち止まって振り返るタヤクに驚き、彼らの足もその場で止まる。ガシャガシャという音が響いた後は静かなものであった。
油断することなく得物を握りしめ、タヤクとの距離を詰めるべく、じりっ、と動く。それに構うことなく、タヤクは煉瓦壁にそっと左手を添えた。
「悪いが、足止めくらいはさせてもらうぜ」
にっ、と口の端を釣り上げて笑いながら、添えた手に目いっぱいの氣を溜める。その手をグッと握って、力強く叩きつけた。
途端、走る衝撃。
『うぐぁっ?!』
『おおぉっ!!』
叩いた振動は真っ直ぐ煉瓦壁を伝い、次々に破壊していく。勢いよく崩れた煉瓦は玉砂利を弾き、兵団の行方を妨げる壁となった。どうやら埋もれた者もいないようで、上手いこと瓦礫の向こう側へ追いやれたようだった。
『貴様、こんなことをして……っ!』
「悪いな、あいつを探すのだけで手いっぱいなんだ! あんたらの相手まで出来ねぇんだよ!」
瓦礫の向こうに怒鳴り返し、タヤクは再び城への道を走った。まだ後ろから怒声が聞こえたが、それらはすべて無視することに決めていた。
走るタヤクの心中は、焦りで満ちていた。途中、走る足がもつれたが、大幅に一歩を踏み出して調整する。
――早くミカノを見つけないと……っ
特徴的な紅く長い髪を一つに結わえた少女が脳裏に浮かぶ。猫のように吊り上った目はエメラルドのように輝き、少々意地の悪い笑みを浮かべているミカノ。
彼女が一人になってからどれくらい経過しているだろうか。そこがタヤクの心配の元だった。
ミカノは六人の中でもかなり異質である。
普段は槍での攻撃を主とするが、体術や魔術にも精通しており、戦闘ではその力をいかんなく発揮していた。縦横無尽に戦場を走り回り、相手を圧倒的な力で捻じ伏せ叩き伏せる。
無防備に突っ込んでいく姿は危ういのだが、実際のところ、彼女が傷を負うことはほとんどない。攻撃を受けるも流すも弾くも、ミカノにとっては戦闘の流れの一つに過ぎないのだ。
打たれた一撃を技で押し返し反撃し、放たれた攻撃を流し躱してその勢いで相手を叩く。
戦士ならば攻撃に、クレリックなら防御に。
普通ならばどちらかに傾きがあるはずなのに、彼女にはその“傾き”が見つからないのだ。性格面や素行はともかく、こと戦闘に関してミカノに欠点はないと言っていい。
戦場は、ミカノにとって格好の“遊び場”でしかないのだ。
ミナミの話では、相手は彼女らに刃物を向けてきたという。
それは自分たちを再び“鳥籠”へ捕らえるための脅しでもあり、多少傷つけても構わないという意思の表れでもあって。
ミカノが大好きな“戦い”をするための、丁度良い理由になってしまうのだ。
「――そいつ死ぬぞ! あいつがノリに乗った時、止めるのが面倒なんだってーの!」
誰にともなく叫ぶように精一杯毒づく。
タヤクからしてみれば、相手が死ぬことはどうでもよかった。
ミカノならばその辺の戦士や騎士など、笑いながら叩き伏せるであろう。何人居ようが同じことだ。
彼が心配しているのは“ミカノが人を殺してしまうかもしれない”ということだけであった。
相手が死ぬのは構わない。
けれども、ミカノに人殺しはさせたくない。
彼女のきれいな手を、そんなもので汚させたくはない。
「――くそっ」
再度舌打ちをし、走る足を“もっと”と言わんばかりに急がせる。ウィルヘイムの団体を足止めさせた瓦礫の山は遠ざかり、やがて緩やかなカーブの向こうへ消えていく。
まだ見えぬ紅い髪を探して、自分はいつまで走ればいいのだろうか。
そんなことを考えながらも、タヤクの足は一度も休むことなく坂道を駆け上がっていくのだった。