◆ 刃は全てを切り裂けるのか
◆ ◆ ◆
「――話さないの? なんで?!」
ミカノはケイヤに向って怒鳴るように口を開いた。彼女には、ケイヤの考えが理解出来なかった。
「みんなに話してさっさとロウを捕まえて、法具のある場所吐かせたほうが効率的じゃんっ! あいつ“飼育者”だったんでしょ?!」
「破壊神の“依り代”のことも話してか?」
「う……っ」
冷静に切り返してくるケイヤの言葉に二の句が告げられなくなる。
「言えるわけがないだろう? ローウェンと会ったことを話せば、どうして奴が俺たちの前に現れたのか、理由を問われるだろう」
「それは……でも」
なおも渋るミカノに、ケイヤもふむと考える。
ロウのことを隠して“レズウェル大陸のどこかに法具がある”などと他の面々に伝えても、結局“それはどこから仕入れた情報だ”と問い返されることは目に見えている。こんな森と崖しかない場所を歩いていただけである、訝しがられるのは当然だ。
けれども“破壊神”が元々人間であり、そこに女神が絡んでいるということは、ケイヤも話しておきたかった。“破壊神”が純粋な神ではなく元々は人間であったのならば、打ち倒す手段も増えるのではないかと思ったからだ。
「そうだな……やつらは手分けして俺たちを張っていたことにしよう」
「へ? なにそれ?」
「俺たちの元へ現れたのはローウェンだけだ。もしかしたらキーナたちの方にハイネリアやシアが行っているかもしれない」
ケイヤの言葉に「あぁ!」とミカノが手を打つ。その可能性に全く頭が回っていなかったらしい。
「こうして俺たちは別れて行動しているのだから、無理な理由ではない。実際に襲われているかもしれないしな」
「襲われてなかったら?」
「……ローウェンだけがこの陸路を、他の二人は本来俺たちが行く予定だった港町を張っていることにしよう」
「そっか。普通、船が出てんだからそっちから行くと思うわね。あたしらもそうするはずだったし」
ふんふんと腕を組んで頷くミカノに同じく小さく頷き返す。
「その時のやり取りでこういう話が聞けた、ということにしよう。話の流れの詳細まではあいつらも気にはしないだろう」
言いながらもケイヤの脳裏にはマサアの顔が浮かんでいた。金色の髪を持つ彼は野生の獣並みに勘がよく働き、特に隠し事は非常にバレやすい。
――それでも絶対に口を割るものか
改めて心に決めたケイヤは、最後にこう告げる。
「“依り代”のことに関しては口を噤んでおく。いいな」
そう言われるとミカノとしても黙るほかない。他はともかく“依代”のことを話すのは、さすがに彼女としても躊躇われた。
“花嫁”が“人柱”だと分かったとき、あれだけ心配して戦うことを決めてくれたのだ。
“騎士”が“依り代”だと知った時に、何をしでかすか分からない。
隣でうんうんと考え込むミカノに、ケイヤはぼそりと声をかける。
「ミカノ」
「う……え? なに」
「特に条件がない場合、俺が“依り代”になる」
その声はよく透り、ミカノの鼓膜を揺らして消えた。
「……は?」
「俺が、“依り代”になる」
やけにきっぱりと、それでも淡々と言った彼の言葉に、頭がついていかない。
「言っていただろう、最初の奴は発狂して死んだ、と。“依り代”は、破壊神の何もかもを共にするんだ」
全ての生きとし生ける者たちに負わされた傷の痛みも。
封印を施された時の怒りや憎しみも。
自分たちでは想像できないような、様々な感覚や感情も……
ふと黙ったケイヤを見れば、彼の表情は悲しげに歪んでいた。
幼なじみ二人には負けるが、それなりの付き合いになるミカノでも初めて見る顔だった。
「マサアだと優しすぎるからだめだ。タヤクは最後の最後まで頑張ってしまうからだめだ。俺なら、途中で放棄することも躊躇わない。むしろ、放棄するだろう」
「なにを……」
「俺は、死ぬことは怖くないと思っていた。誰でもいつでも死ぬし死ねるし殺される。だったら、お前らの為に死にたい」
彼の話は“破壊神を倒せなかった時”の話だと、ミカノも分かっていた。分かっていたけれども、それでも言葉は口をついて溢れる。
「だって、破壊神は倒すって……」
「だからだ。もしものための保険にすぎない」
頼む。
そう言う彼に、ミカノは黙って頷くしかなかった……――
◆ ◆ ◆
――ミカノには黙っていたことがある
ケイヤはその漆黒の瞳に五人の姿を捕えながら、心の内で一人呟く。
もしも。
もしも“破壊神”というものが“誰かの身の内に宿さないと触れることも出来ないような存在”だとしたら。
そのときは“自身の体ごと”破壊神を殺してもらわなければならないのだ。
「……」
柔らかな風が吹き去り、ケイヤの黒髪を軽く揺らす。相変わらずマサアはミナミとはしゃいでおり、キーナはミカノとタヤクと何かを話していた。
――この光景を護れるならば、死ぬことなど怖くはないし、恐れもない
そう思いつつ、自身の左手が震えていることにケイヤは気が付く。
同時に、自分が死を恐れて震えているわけではないことも知っていた。
ケイヤは思う。
死んでしまったらば、彼らを護ることが出来なくなる。
それこそが恐ろしいのだと。
キーナもマサアも強いことは十分知っている。タヤクとミカノも、純粋に、強さとしてはケイヤよりも上だろう。そして彼らが傷ついたとしても、ミナミがいる。
――それでも、俺はこいつらに傷ついてなんか欲しくない
――それは俺の役目だ
この身を盾にし、剣となし、全てのことから守れるように。
「ケイヤ?」
「どうしたんだ、あっち行こうぜ?」
いつの間に傍にいたのか、キーナとマサアがケイヤの顔を覗き込んでいた。少し不安そうに、けれども怪訝な目でじぃと覗きこまれると、考えてることが見透かされているようで、気付かれない程度に視線を逸らす。
「……なんでもない。次はどこへ行く?」
これ以上の詮索を避けるために話題を変えたケイヤを救ったのはミカノだった。
「そうねぇ、あたしレズウェル大陸に関して明るくないからねぇ……誰か噂で聞いたとかで行きたいとこない?」
努めて明るく他の面々にミカノが問いかけるものの、ケイヤは「それはないだろう」と内心で溜息を吐いた。ミナミ以外は“鳥籠”という閉鎖された空間で過ごしていたのだ、噂も何もあったものではない。
どうしたものか、とケイヤが目を瞑ると、「はいはーい!」と元気よくミナミが手を挙げていた。
「シエルナに行きたーい!」
「どんなとこなんだ?」
「うふふ、占いで有名な街なんだって! かなり当たるらしいよっ!」
にまにまと笑うミナミを呆れた顔で眺めていたタヤクだったが、やがて「あぁ、なるほど」と苦笑した。ミナミはマサアとの相性診断をしたいのだろう。
ケイヤも遅れてそれを理解し首を縦に振るが、お相手となる当のマサアは不思議そうに首を傾げていた。
「で、どうなのよケイヤ?」
彼女もミナミの意図を理解しているのだろう、ミカノは笑ってケイヤに問いかけ、彼はマサアが地面に広げた地図に視線を向けた。
今いる地点は新しい大地であるレズウェル大陸である。本来ならばローア大陸から船で移動し港町で一泊する予定だったのだが、船旅自体を断念したのだ。
「……ん」
その港町よりもさらに半日ほど歩く場所にシエルナはあった。いまからだと野宿を挟むしかない距離である。けれども、港町にはハイネたちが本当に待ち伏せしている可能性もあるのだ。
「――分かった。シエルナへ向かおう」
「おぉっ、リーダーからお許しが出ましたぁっ!!」
「ありがとーっ、ケイヤーっ!」
「うっ」
タックルと言っても良い勢いで抱き着いてくるミナミによろめくが、何とか足を踏ん張って耐える。耐えたものの、マサアの視線が突き刺さるようにケイヤに注がれていた。
抱きついてきたのはミナミであって自分は悪くないんだから恨むな、と思う。少し視線をずらせば、キーナがマサアのことを目を丸くして見つめ、ついで微笑んでいた。
「じゃあじゃあ、ケイヤとミカノもやっと合流したんだからゆっくり歩こうぜ。散歩見たいにさ」
ケイヤからミナミを引きはがし抱き上げる。ミナミは彼の腕の中で手を叩いてはしゃいでいる。
「さっさと行こっかねぇ」
「ババ臭いぞミカノ」
「あぁん?! あ、こら待て馬鹿タヤクーっ!!」
なんらかの危険を感じ取って脇目も振らずに逃げ出したタヤクと、それを追いかけるミカノ。その後ろをミナミを抱えたマサアが負けず劣らずな速さで追いかけていく。軽いとはいえ少女一人抱えていながら追いつけるマサアの脚力に、ケイヤは呆れるしかない。
その様をぼうっと眺めていたケイヤの視界に、少女の顔が映り込む。
「行こう、ケイヤ」
肩で切りそろえた黒髪を揺らして、キーナが微笑む。そうしてゆっくりと歩き出した。
ケイヤもそれに応えるように軽く頷き、そのあとを追う。彼の方がキーナよりも歩幅が広いのであっという間に追いつき、そして隣に並んで同じようにゆっくりと前へ進んだ。
――そうして、彼は身の内に、一つの誓いを立てる。
こいつらを永く生かせるのならば、この身などちっとも惜しくはない。
剣となって、盾となって、灰になりつくしても。
この陽の下に、こいつらが笑っていてくれるよう。
俺は、進むことを恐れない。
俺の手にする剣は、全てを斬り裂けるのだろうか
“花嫁”の運命も
“破壊神”の命も
全てを斬り裂いていけるよう
――俺は、刄に祈りを捧げた