◆ 片想い
幻影の女と遭遇したのは、今から二日前の出来事である。
幻影が消えてすぐ、ミナミたちは女の“本体”を探し回っていた。六人で手分けをし、街の中を重箱の隅を突つくように丹念に探しているのだが、未だ女の名前すら分からないままであった。
町の者に聞いても「そんな奴は多すぎて分からない」という答えが大半を占め、手掛かりも得られず仕舞いである。
たしかに栗色の髪も紅の色も珍しいものではなく、ローブを着ていることに関しては、占いの町と言うだけあってほとんどの占い師が該当するため、何の特徴にもならなかった。
「うぅ……どこにいるのかなぁ……」
朝からずっと町の中を駆け回っていた疲労が、足を止めたことによってどっと押し寄せ、人目も憚らずミナミはその場にへたり込んでしまった。マサアが心配そうに見つめてくるが、顔を伏せているためにその視線にも気が付かない。
方々を走り回っていた六人であったが、ある程度探した後は街の中央に位置する広場――つまりは今現在いる場所に集合する手筈となっていた。
住民の憩いの場であり、占い目的でやってきた観光客らの為に開かれた露店なども幾つか見られる。そのため自然と人が集まり、あちこちから走り集まったミナミたちに好奇の目が集中していたものの、それらもやがて空気に溶けて消えた。
「そう広い町じゃないんだけどなぁ」
「場所が場所だから知らない人間が多少うろちょろしたって、誰も何も思わないんでしょーね」
眉根を寄せて呟くマサアにミカノが溜息交じりの言葉を返す。ミナミだけではなく、他の面々もそれぞれに疲労感を募らせていた。唯一ぴんぴんしているのはマサアくらいなものであろう。
うん、と伸びをするタヤクの隣ではケイヤが今もなおあちこちに視線を向けており、思わずミナミの目線もそれを追ってしまう。
――と。
「……?」
座り込む自分の頭を優しく撫でる手に気が付く。ふと顔を上げれば、優しく微笑むキーナと目が合った。
「少し休みましょう。お昼の時間だし」
彼女の疲労の具合を感じたキーナが、近くのカフェを目線で示して一同を促す。自分を気遣っての発言だと気が付いたミナミは「ちょっと悪いかな」とは思ったものの、それでも嬉しかったのは事実なので「ありがと」と囁くように告げた。
しかしキーナは小さなお礼の声にふるりと首を振り、「私も休みたかったの」と悪戯っぽく微笑みを深くし、その返答にミナミも思わず満面の笑みを浮かべたのであった。
「じゃあさ、行きたい店があるんだ、おれ!」
マサアの場合は疲労よりも空腹を感じていたのであろう、キーナが指したカフェとは違う店での食事を提案した。何時の間に聞いていたのか、宿の主人に評判の良い店を幾つか教えてもらったのだと笑う姿は、童顔と相まって非常に愛らしいものであった。
五人はマサアの提案に特に異論もなく、それならばとマサアが先頭を切って歩き出す。他の面々も彼の後ろに着く形で歩き出した。
「えへへ……っ」
休憩が決まって元気を取り戻したミナミは勢いよく立ち上がり、軽い足取りでマサアの隣に駆け寄り並んで歩く。自身のことを「ん?」という感じに見下ろして、にこっ、と笑いかけてくれるマサアの、その笑顔が大好きだった。
ミナミはマサアに恋をしていた。
温かな太陽の色を宿した短髪に、星の煌めきを閉じ込めたような金色の瞳と。
廃屋で初めて出会ったあの夜、目を開けた瞬間に飛び込んできた彼の色は、ミナミの心を捉えて離さなかった。
初めは違ったのかもしれない、その感情を何と呼べばいいのか、ミナミには分からなかった。
それでも、深い安堵と泣き出してしまいたい衝動と、色々な感情が綯い交ぜになって、気が付いた時には彼のことが好きだと自覚していたのだ。
――わたしの身長がもう少し高かったら、その目を正面から見つめられるのに
隣に並んで歩くマサアの背があまりにも高くて、ミナミはいつも見上げるばかりであった。なにせ歳は四つしか違わないのに、身長は四十センチも違うのだ。
いつもマサアと並んで歩くミナミだが、歩幅の違いにも嘆きたくなることだってある。マサアも気を遣ってゆっくりと歩くのだが、足の長さはどうしようもない。あまり歩を狭めると、百八十を超える男が無様に素っ転んでしまうのだから。
「……」
しかし、ミナミにとっては歩幅の違いよりも、彼の視線のほうがよほど気がかりであった。
四十センチも背が違えば、見える世界も変わる。視界の幅が違う。
マサアの見ているものが、ミナミには見えない。
マサアの視界に、ミナミが映らない。
実際にはマサアはしょっちゅうミナミに目線をやるし、彼女の姿が見えなければ忠犬のように探し回る始末である。
ミカノやキーナ、タヤクもそんな彼のことはよく分かっているし、人の心の機微に疎いケイヤでさえ、マサアのミナミに向ける愛情は嫌と言うほど理解している。
それでも彼の視界が分からないミナミには、不安でどうしようもなかった。
――大好きなこの人はわたしよりも年上で
――わたしよりもはるかに高い背で、わたしとは違う視界で生きているから
大事にされているのは分かっている。
小さく頭を振って、ミナミはマサアの手をぎゅっと掴んだ。