◆ 世界の成り立ち
――この世界には、“三柱物語”と呼ばれている世界創世のお伽噺がある。
その話によると、この世界は生命、慈愛、知恵を司る三柱の女神によって創られたとされていた。
慈愛の女神が大地を創り上げ、生命の女神があらゆる命を生み出し、知恵の女神は感情を授ける。
幾百、幾千、幾万年と、気の遠くなるような長い時をかけ、この星は命の息吹に包まれ、女神らから祝福される美しい星となった。
そしてさらに時が流れたころ。
遥か見果てぬ空の上から、あるいは底知れぬ地の蠢きから、金色の覇王が生まれ落ちた。
破壊の限りを尽くす様から“破壊神”という呼び名がつき、獅子のような豪奢な金色の髪と、忘れえもしない圧倒たる虚ろな瞳は全ての者に畏怖と畏敬の念を呼び起させ、生きとし生けるものはいとも簡単に“破壊神”の前に跪いた。
その様を嘆き哀しんで見ていた女神たちは、やがて一つの結論を出す。
『破壊の子を、眠らせよう』
破壊神と言われ怖れられた覇王も、三柱の女神を破壊することはできなかった。
足掻いて足掻いて、心の臓が壊れようとも足掻き続けた。
女神達と“破壊神”との闘いは千年を超えるものになったと言われている。
その間に慈愛の女神が流した涙が広大な海を創り、生命の女神が痛めた胸が火山の噴火を促すことになり、知恵の女神が駆け抜けた場所は深い森を生み出した。
そうして女神たちは世界の真ん中にあらかじめ建てていた祠に破壊神を追い込んだ。
慈愛の女神は破壊神の身体を、生命の女神はその力を、知恵の女神はその心をそれぞれ封印し、三柱の力を合わせて“破壊神”を封じ込めたのだ。
その後世界は平和になったが、三柱の女神の祝福が薄れたために、魔物や盗賊などが跋扈しているという。
それが、創世期の話といわれている『三柱物語』の内容だった――
「うーん……」
物語を思い出していたマサアは首を傾げて唸る。
お伽噺の逸話が流れるほど、この世界には魔物が溢れ、野盗などの悪人も増え続けている。そしてそれが“三柱の加護が薄れているから”だということをマサアは良く知っていた為に、魔物に遭わなかったというミナミの言葉に首を傾げたのだ。
この森はかなり密な場所であるために、その手の輩がアジトに利用していてもおかしくはない。
もしかしたら、この屋敷を見つけた時にタヤクが言ったように、“鳥籠”がこのあたり一帯を買い取ったのかもしれない。“飼育者”たちがそういったものを駆除しているのならば、ミナミが何にも襲われなかったことは合点がいく。
しかし、その場合、“飼育者”たちがミナミを見逃した、ということになるのだ。
「……」
“飼育者”たちがそんなことをするはずがない。
ふるりと僅かに首を振り、ケイヤは自身の考えをまとめていく。
目の前のベッドに腰掛ける少女は、どこからどうみてもその辺にいそうな凡庸な娘だ。両足を所在なげにぱたぱたとぶらつかせている様は、かなり幼く見える。人の目を引く抜群の可愛らしさは備えているが、それだけだ。
話を聞く限りでは魔法を使えるわけでもない、ただの家出少女ともいえる。
――もっと話を聞くべきか……?
口元に手を当て思案するケイヤだったが、同時に廊下から聞こえた微かな音をその耳が捉えた。
『?!』
ぎしり、と床の軋む音。
それにはタヤクもマサアも反応し、すぐさま廊下へ続く扉へと目を向けて警戒をする。“鳥籠”の手の者が追ってきたのでは、そう思ってのことだ。
ケイヤの手にはいつの間にか一振りの剣が握られており、マサアも腰に下げたナイフに手を伸ばす。
しかし、彼らよりも動揺した者がこの部屋にいた。
「……?」
ガチャガチャという音が聞こえマサアが横目でそちらを見ると、いままさに開けたばかりの窓からミナミが飛び降りようとしているところだった。
「ミナミっ!」
名を呼び、飛び掛かるように窓際へ駆け寄る。間一髪、彼女の着ていたワンピースの襟首を引っ掴み、部屋の中へ引っ張り上げた。その間もミナミはじたばたと手足をばたつかせて暴れ、「放してっ!」などと大声を張り上げていた。
「逃げなきゃ、今度こそ……っ!」
「ミナミっ!」
「やっ!!」
ベッドに再び寝転がし、マサアとタヤクが二人がかりで抑え込む。ようやく手足のばたつきは収まるも、流れる涙は留まることがなかった。
「やだっ! イヤっ!」
先程までの落ち着きから変貌したミナミの様子に、二人は困ったように顔を見合わせている。ケイヤは一人、廊下を警戒したままだ。
ふと、マサアは彼女の体を押さえつけていた手を放し、代わりに優しく涙を拭ってやる。びくりと震えたミナミの体が悲しかったが、それでも何度も、落ち着かせるようにゆっくりと撫でてやった。
「大丈夫だから。おれがいるから」
「……っ」
「大丈夫。大丈夫」
段々呼吸が落ち着いてきたのを見計らい、タヤクも彼女を押さえていた手を放す。
ぐずるミナミをあやすように、マサアはベッドに腰掛けて、少女を膝に乗せて抱き締める。ぽんぽんと背中を叩いてやると、マサアの背中に腕を回し、ぎゅうとしがみついてきた。
「大丈夫……大丈夫」
その様子をタヤクが苦笑交じりに見つめ、それからベッドを離れてケイヤの隣に並び直す。再び二人で廊下を警戒していると、その人物はすぐに現れた。