◆ 少女の決断
「手伝う、って……なにを?」
「リイセをおびき出す。その腕輪を少し解放して」
「解放ってどういうことだよ? ミナミが危なくなることはないだろうな?」
険を滲ませてマサアが尋ねると、ハイネはわずかに視線を外した。
「――“危なくない”とは言えねぇな」
「?!」
「だが、やることにはメリットもあるんだぜ。オレにとっては、勿論リイセに会えることだ。そこであいつの目的を吐かせる」
「あたしらになんのメリットがあるってーの? 会えるだけならパスよ。別にこっちはそこまであの女に固執してないし」
ミカノのその言葉にも、ハイネは軽く首を振って応える。彼女もミナミの身に危険が及ぶことを危惧し、警戒していることが嫌というほど分かっているので、ハイネも慎重に言葉を選んで返した。
「女神の法具は女神の力そのものと言ってもいい。そして、女神の記憶を転写しているものでもある。うまくいけば慈愛の女神の力と記憶が、その嬢ちゃんに宿せるはずだ」
「えっ」
ハイネの言葉に誰よりも驚いたのはミナミだった。
アメジストの様な大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、ハイネを真っ直ぐに見つめる。
「お話の世界でしか知らない女神さまの力と……記憶? それが、わたしに……?」
呆然と、上手くことを呑み込めていない表情で繰り返し呟く。せっかくのパフェも、器を掴む手の温もりでアイスが溶けだしていた。
「女神の記憶があれば、お前らが本当に破壊神を殺すつもりなら役に立つはずだろ?」
「そうかもしれないけど……」
「いやか?」
請うように小首を傾げるハイネの姿は、その体躯と相まってどことなく笑いを誘う。
けれど、ミカノたちはミナミの身に何が起こるか分からないということもあって心配し、ケイヤですら「あの女を探せばいいことだ」と言った。
それでも、ミナミは何かをしたかった。
いつもマサアが自分の傍にいてくれて、タヤクが気を使ってくれて。
ミカノやケイヤやキーナにばかり頑張ってもらって。
――わたしはみんなみたいにずっと一緒にいたわけじゃないけど
――“鳥籠”とかまだあんまりわかってないけど
ミナミはただ一つのことを、ずっと考えていた。
『破壊神の封印が綻びないように、三柱の女神に捧げる供物が“花嫁”だ』
『三柱に見立てた人柱』
『あたしがリヴェスの、キーナちゃんがイアの依代よ』
――キーナや、ミカノが死んじゃう、って
――そんなのは、いやだ
「わたし、やる」
「ミナミっ?!」
「ハイネくん、お願い。腕輪を解放して」
「……分かった。砂漠に入って少し歩いたら、小高い丘みたいに砂が山になってる場所がある。そこにあとで来い」
そうとだけ告げてハイネは席を立った。そのまま立ち止まることもなく階段を下りていく。ミナミはその背を追うよう席を立ち、街中を歩いていく彼の後姿を窓から見送る。
「ミナミっ!」
「マサア」
どこか非難するような口調で自分を呼ぶマサアに振り反る。
言葉とは違って悲しそうにするマサアは、やっぱり優しいんだなぁ、と場違いなことを思った。
「大丈夫よ。わたしもなにか出来るんだなぁ、って思えて嬉しいの!」
「でも……」
言い淀むマサアに続いて、キーナも不安げな眼差しでミナミを見つめる。
「ミナミ、私達のことは気にしないでいいのよ?」
「やだぁ、キーナまで! 心配しないでよ。みんなも傍にいてくれるんでしょう?」
「そりゃ当たり前だろ」
「タヤクまで……もう、みんながいてくれるなら大丈夫よっ! ね、行こうっ」
彼女が笑顔でそう言うと、ようやく五人は渋々ながらも頷いた。
――ほんとうは、少しだけ怖かったのだ。
ハイネはメリットの話はしたけれど、デメリットの話はしていない。
ミナミはこれからなにをしなければいけないのか。
それによってどうなってしまうのか。
笑っていても、笑えていても、心臓はバクバクと激しく鳴って、体の外まで響いていないかを気にしていた。
――怖いよ、マサア……
食事を終え、店を後にする。
いつも以上によく食べたミナミは、食欲が満たされたことで少々眠気を覚えていた。
一旦宿へ戻るか、とタヤクが提案したのだが、首を横に振って応えた。ハイネのことを忘れて眠ってしまいそうだ、と微笑み返す。
「ごはん食べた後は眠いわよねー」
彼女の答えに同意したのはミカノだけだった。
他の四人は黙々とただ歩き、マサアは相変わらず顔を顰めている。ミナミがハイネの手伝いをすることにまだ納得がいっていないらしい。
――でも、もうわたしは何も言わない
ミナミはそう決めていた。
何か言葉を発すれば、それだけ彼を不安にさせてしまう気がしたから。
だから、彼女は笑っている。
わたしはだいじょうぶだよ、と伝えるために。