ハートの女王

 さとみは目の前の海を切り裂いて道を造った。さとみが水の壁に挟まれた道を歩き始めると、溺れかけていた動物たちも、さとみが作った道を使って進みはじめた。
「どう? 十戒の出エジプト記のイメージよ」
「さとみ様は、やはりそういった派手なアクションとかに憧れてみえるんですね」
「そうね。本当はアニメとか漫画とかもっと読みたかったんだけど、結局勉強ばかりしてた。そっちの方がお母さんも喜ぶし」
「そうなんですか。でも、それでもいいとよろしいかと思います。だた好きなモノが見つかった時にはいつでも動ける準備だけはした方がいいかもしれませんね」
「花渚さん」
「なんでしょ」
「あなた、敬語が似合わないわね」
「ま、まぁそんな事は気になさらないでください。そろそろ森に入りますよ」
 さとみは、こうるさいスマホをプリーツスカートのポケットに突っ込んで森に入った。一度振り返り「追ってくる者たちの道を阻め!」といいながら右手を一回大きく振って海の中にできた道を閉じてみた。
 モーゼになった気がして、さとみはちょっと気分が良くなった。

 森の中を歩いていたさとみは、腰の高さ程の小さな家を見つけて立ち止まった。公爵夫人の家だ。チシャ猫はココに居るはずだけど、豚の赤ちゃんとか、無愛想な公爵夫人もいる。なにより魚と蛙の門番がイヤだな。
 さとみは小さくなるのが面倒だったので、しゃがみ込んで屋根を持ち上げて中をのぞいた。下の方から魚と蛙が何か言ってるけど無視していた。
 家の中には、公爵婦人が豚に変わる赤ちゃんを抱いて座っていた。調理人がやたら赤ちゃんに胡椒を掛けている。
 豚だとわかっていても、赤ちゃんに胡椒を掛けて調理する準備してるのを見てさとみはちょっと気が重くなった。公爵夫人の脇で丸くなっていたチシャ猫がノビをした時、さとみと目が合った。チシャ猫は一つ笑うと空中をジャンプしながらさとみのところまでやって来た。
「このままだと、あの赤ちゃんは食べられちゃうけど、いいの?」
「だって、豚でしょ。豚なら別にいいじゃない」
「まぁ君がそう言うなら、それでもいいんだけどね」
「じゃ、いいじゃない」
「できる時に、できる事をしておかないと後悔しないかい?」
「助けろっていうの? 関係ないのに?」
「関係ならあるさ。コレは君の夢だ。ここのあるのは全て君が作ったモノだ。なのに何で関係ないなんて言えるんだい?」
「じゃあ、あなただって、さとみの想像でしょ。なのになんでそんなにお説教ばかり言うの?」
「そうだねぇ。わたしは、さとみに創造されてはいるけど、君に創られた訳じゃないからかな」
「なによそれ。意味わかんない」
「それこそわたしの知ったこっちゃない。君が助けるかどうかだけの話なんだから」
「ちゃんと答えてよ」
「じゃあね。そろそろ“猫のない笑い”の時間だ」そう言ってチシャ猫は笑い声を残して消えた。
 チシャ猫の言葉が気になったさとみは、とりあえず屋根をひっぺがして、手を伸ばして公爵夫人から赤ちゃんを受け取って表に離した。やっぱり赤ちゃんは豚に変わって森の奥に逃げて行った。
 コレがいい事なのか、どうかわからない。だけど、とにかくさとみはできる事はやった。
「おーい。チシャ猫。ちゃんと助けたわよ」さとみの声は森の樹々にコダマして響いていたが、チシャ猫は現れなかった。

「それでは、次は三月うさぎの所へまいりましょうか?」さとみのポケットの中から声がする。
 ポケットからスマホを取り出すと、花渚ロボが無表情のまま笑いながらでさとみを見てる。
「お茶会……。帽子屋もいるんでしょ。行くのやだな」
「お嫌でしたら、席に座らなくても結構です。ただ、その裏にございますドアを通らないと次に進む事ができませんので、ナビゲータとしては是非そちらへ行ってほしんです」
「それがワンルートって事でいいの? 隠しルートとかないの?」
「ワンルートもクリアされてみえませんので、隠しルートは出現しません」
「さとみは、ゲームとかしないからよくわかりませ〜ん」
「そうなんですか。でもお茶会には行っても損はないと思いますよ」
 ここで、さとみは少し迷った。この花渚ロボは気に入らない。ツインテールも被ってるし。だけどナビゲーターを名のっているだけあって、情報は正確だしスムーズだ。だからココは言うことを聞いておいた方がいいのかもしれない。
 しかし、ココがさとみの夢ならばこんなナビゲータは必要ないのかもしれない。
「先ほども忠告いたしましたが、私を消すと、ココから出られなくなりますよ」
「やだなぁ。そんな事思ってないって。はははっ」
 なんでコイツ思ってる事がわかるんだ。花渚ロボ。油断できない。
「それでは、先を急ぎましょうか」そう言って花渚ロボはさとみを急かした。
 さとみは仕方なく、花渚ロボに従う事にした。

 悪名高い“狂ったお茶会”にやって来ると、花渚ロボが言っていた『損はない』という言葉がよくわかった。
 お茶会にいたのは、うさぎ耳を付けたお母さんと、シルクハットを被った先生だった。帽子屋の先生は「弓田さんは進学校に行ってください。弓田さんの為になるし、お母さんも鼻が高いでしょう。私も評価が上がってみんな嬉しい。WinWInですよ。はははっ」と何度も連呼する。三月うさぎのお母さんは「そうですわね。さとみは自慢の娘ですから当然ですよ。これでみんなに自慢できますわ。ほほほっ」と笑い続けている。
 同じ話題なのに、まったく噛み合ってないように聞こえる。不思議だ。
 そうだった。2人の会話はずっとこんな感じだった。さとみの事はなんて2人とも考えてなかったんだ。さとみはちょっとだけ悲しくなった。
「お二人とも考えられてない訳ではないと思いますよ」
「なによ。そんなところで何がわかるっていうのよ」
「お二人とも“欲張って”おいでの様です。そしてその原因の1つはさとみ様にもあると思います」
「さとみのせいなの?」
「そうです。さとみ様のせいだと思います」
「どうしてよ。そんなのって変じゃない?」
「言いたいことはたくさんおありかもしれませんが、それはあのドアの向こうにいる人に聞かれた方がよろしいかと存じます」
 そう言って、花渚ロボはドアのついた大きな樹を指さした。
「わかったわよ。行くわ。行って教えて貰うわよ」
「よかったです。とりあえず私の役目は一旦ここで終了です。それでは後ほど」
 そう言って花渚ロボは、アプリのアイコンになってしまった。もう話をする気は無いらしい。
 さとみはドアを押し開けて中に入ると、そこは最初のホテルのロビーだった。だけど、そのロビーはさとみが描いたロビーじゃない。もう少しだけ上手に描かれていた。ロビーの奥で紺のブレザーを着た女子高生が座って、トランプを並べていた。
「いらっしゃい。さとみちゃん」そう言って彼女はゆっくりと顔を上げた。
 真っ直ぐなショートボブの髪。そして、その顔には見覚えがあった。
「懐かしいわ。そのセーラー服。長い髪も素敵だけど、やっぱり短い方が表情が綺麗に見えるからイロイロと得よ」
 さとみもちょっとは驚いた。そんな風に勿体ぶった言い方をするようになるんだと変に感心してしまった。
「あなたがハートの女王で、さとみをココに呼んだんですか?」
「そうよ。たまたまチャンスを貰ったから使ってみただけなんだけどね」
「でも今のさとみに言いたい事があるって事でしょ」
「まぁそういう事かな」
「いったい目的はなんですか? さとみさん」

 目の前に居るハートの女王『高校生の弓田さとみ』はゆっくりと笑って話をはじめた。

よたか
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