変わる世界
「3年前の私。今のあなたは、お母さんの言いなりで、先生の言われるがままだった。そうよね」
「まぁそうです」
さとみは未来の自分に嘘をついたり見栄を張っても仕方ないと思ったので、渋々そう答えた。
「よろしい。ではさとみちゃん……。って呼んでもいいかしら? それとも“サトミー”の方がいい?」
「さとみでお願いします」見られてた。自分とはいえかなり恥ずかしい。
「気にしないでよ。私も3年前に同じ事言われたハズだから」
「ハズ?」
「ココでの記憶は無いのよね。まったく」
「じゃ、ココでの話も冒険も旅も無意味じゃないですか」
「そうでもないわよ。この変な夢を見てから私はちょっと変わったもの」
「たとえば?」
「一人称が“私”になった」
「……あぁ。そうですか」
「怒らないでよ。冗談よ。冗談。一番大きかったのはね、自分の好きな事を好きだって言える様になった事かな」
「好きな事? さとみ……私にはそんなの思い当たりませんけど」
「それは嘘ね。今日の魔法もノリノリだったじゃない」
「そ、それはそうですけど……」
「うんうん。それでいいのよ。今年の夏はきっと変われるわよ」
「なにかあるんですか?」
「まあね」ハートのさとみ女王はイタズラっぽく笑った。とても明るく笑った。いまのさとみ……じゃない。私にはあんな笑い方できそうになかった。
「そこは教えてくれないんですね」
「教えてもいいけど、知らないでいたほうがいいと思うからよ。それよりももう少し絵の練習をしてくれると助かるんだけど。どう?」
「どう? って言われても美術科受ける訳じゃないし、あまり気にしてません」
ここは少し嘘をついた。本当はとても気にしてたんだけど気にしてない素振りをしてしまった。だけど、さとみ女王は仕方なさそうに笑顔を1つつくってそれ以上の話をしなかった。
「このあとどうする? フラミンゴのクローケやる? グリフォンに乗って代用ウミガメの所に行って来る? それともタルト裁判やる?」
「どれも結構です。あなたが支配してる世界だと、どこに居ても監視されてるみたいで気持ち悪いです」
「はっきり言う様になったじゃない」
「どうせ、自分ですから」
「でも3年の差は大きいわよ。絵も少しは上手になってるでしょ」
「それは認めますけど、尾張丘に行って絵を描くひまがあったんですか?」
「そうか。知らないわよね。私、尾張丘に行ってないわよ。だから制服着てるでしょ」
「そうか、尾張丘は私服でしたよね。じゃ、どこに行くんですか」
「それこそ内緒よ。自分で決めないと意味ないでしょ」
「それもそうですよね」
「じゃ、チシャ猫に送らせるわ。チシャ猫お願い」
「はい。わかりました。中学生のさとみさんを帰り道までお連れします」
「頼んだわよ」「よろしくね」
「わかりました。それではまいりましょうか」
「うん。じゃ3年後の私。さようなら。もう会えないと思うけど元気で」
「3年前の私、思った事はちゃんと口にしてね。諦めないでね」
そうして、私たちは別れた。
ホールの脇のドアから暗くて長い廊下を進む。頭より少し高い空中を軽く跳ねる様にチシャ猫が走って案内をしてくれる。本当に3年後にチシャ猫と会えるんだろうか? これは夢だからそんな確証もない。ちょっと自信も持てない。
「信じて、できる時にできる事をやれば後悔しないよ。そうすれば3年後にまた会えるさ」
また心を読まれた。まぁ3年後の私の仕業だから仕方ないかもしれない。
しばらく歩くと、あたりが少し明るくなってきた。何となく見覚えがある場所。まだ時間が止まったまま。モノクロのままだけど、学校の廊下まで帰って来た。
そこまで来ると、チシャ猫は「花渚ロボ。後は任せた」と言って、笑い声だけを残して姿を消した。それに答える様にポケットの中から「わかりました」と一回だけ返事が帰ってくる。
ポケットのスマホから聞こえてくる着信音で我に返った。先生とお母さんの会話が一旦途切れる。少し気まずい。
着信音を咎める先生の視線と、申し訳なさそうなお母さんの表情を無視して、着信音を切った。言い訳に使おうとしたアプリの着信音だ。切ったところで影響なんて何も無い。
「電話いいのか?」
「いいですよ。失礼しました。気にかけないでください」そう言って私は立ち上がった。そのまま席を外してもよかったんだけど、お母さんと先生に伝えたい事があった。
「そうそう、私たぶん、尾張丘は受験しないと思います」
「ど、どうして」「なによ。突然」
「いや、何となくそこじゃないかなって思って。志望校はまた連絡しますね。じゃ」
そう言い残して、呼び止められる前に教室を出た。
どうしてそんな事を思ったのか、どうしてそんな行動を取ったのか自分でもわからなかった。ただ、スマホの着信音が鳴った時に、なにかが変わった気がしたけどよく憶えていなかった。
まぁいい。答えはそのうちわかるだろう。そんな気分だった。
三者面談を終えて、廊下を歩いてると2年でクラスが別れたカナが声を掛けて来た。夏休みに“コミックなんとか”とかいうお祭りがあるらしいので一緒に行こうと誘われた。元々漫画とかゲームは好きだったので2つ返事でOKをした。