名付け
「山までどれ位かかるかな、ドラゴン?」
「わう?」
「うん、相変わらずだね」
ドラゴンをジャケットの中に隠しながら歩く。陽も高くなるとチラホラと人通りも出てきた。膨らみのある胸元は多少不自然でも、隠すのは懸命な判断だ。
人が居ないのを見計らい、会話にならない会話を繰り広げながら進む。
自分しか頼る者の居ない、すっかり安心しきって身を預けてくる幼いドラゴン。ほだされるのも当然と言えば当然で、いくらか情が移ってきているのは、コレットも感じていた。
同時にそれを苦くも感じてはいた。どれだけ心を通わせたとしても、親が見つかればそれで終わりなのだから。
だからこそ。とも言える。
今こうしてぬくぬくと丸まっているドラゴンとのひと時を大事にも思っているのである。
「名前、付けてあげようか。旅の仲間をずっと種族名称で呼ぶのもあれだしね?」
「わう!」
山の件でもそうだったが、全く言葉がわからないでもないらしい。
懐の中で窮屈なはずだが、擦れる布を気にも留めず、嬉しそうに尻尾を動かす。
「うーん。ドラゴンだから、ドラちゃん?」
「くぅ〜ん……」
「嫌みたいだね……。じゃあ、ベイビー」
「ゎぅ……」
「これも嫌、か……」
どうやらコレットはあまり名付けが得意ではないらしい。
何度かやり取りを続けるがドラゴンのお気に召すものを提案するのに骨を折っていた。
「赤いから、赤。とか」
「……」
「カレーは?俺好きなんだよね」
「……」
「はぁ……。あ。パピーってどう?」
「わう?」
「!」
自分で言った手前意地もあり、次々と候補をあげていくが、ドラゴンの方はもう返事さえ面倒がっていた。
そこでやっと、またドラゴンの反応が返って来たのだからコレットにも笑顔が浮かぶ。
「パピーで良い?」
「わん!」
幼犬の事をパピーと呼ぶ。わんわんと言う鳴き声のドラゴンに掛けて名付けたのを知ってか知らずか、パピーは幸せそうに高く鳴いた。
名前が決まる頃には、もう昼時になっていた。
一番近い町には、もうすぐ付きそうだ。そこで休憩と身支度を整える算段だ。
「もうすぐ町に――」
そうパピーに声を掛けようとして、懐を軽く押さえる。
前から旅人風情の男がやってきていた。
「やあ、兄さん」
案の定話しかけられて、まさかドラゴンの存在がバレる訳もないが、一瞬肩が震えた。
そんなコレットの様子に気付かずに、旅人は話し始める。
「この先に行くなら気を付けな」
「……え?」
「どっから来たのか、ドラゴンが暴れてるんだ。討伐隊も出るって話しだが、あいつらも後手後手だからなあ」
「それは本当ですか!?」
聞き捨てならない情報に、思わず声が荒ぶった。
「お、おう。数日前から山の麓辺りでの目撃はあったそうだが、いよいよ町の近くまで来てるらしい」
「!」
パピーの親ドラゴンの可能性は高い。
討伐隊まで出陣したら、もうこの親子が相見えるのは難しくなるだろう。
もう、一刻の猶予もない。コレットは旅人に短く礼を言うと、胸元を強く押さえ駆け出した。