胸騒ぎ
予想通り、何事もなく夜が明けた。
ドラゴンが現れるであろう泉方面へ向かう相変わらずの道中。
行き当たりばったりならわからないが、余裕を持って町の近くと決めて探せばそれなりに安全を確保して休む事は出来るようだ。自分一人ならまあ何処でも構わないが、パピーの為ならそんな場所を探すのも苦労ではない。
再びの野宿の為の寝ぐらが見つかる頃には、懐にパピーがいるのが当たり前の感覚になっていた。
早いうちに飯をすませ、パピーと最後の夜を過ごす。
たったの2日だ。まさかこんな短期間で、こんなにも情が移るとは誤算であった。早く仲間に返したい。しかし別れ難い。パピーを思えば葛藤の余地さえないのが、また切なくもある。
「肉、美味かった?」
「わん!」
「俺のカレーマンも最高だったよ」
「ゎぅ……」
他愛のないやり取りを繰り返し、それは横になってからも続いた。
返事が途切れ途切れになり始めてそれから少しすると、規則正しいゆっくりとした呼吸が伝わってきた。心地よい。星空を眺めながら、指では格段に優しくパピーの目元をなぞる。
色々な事を話したが、お別れだよ、とは告げなかった。
◇◆
「さ、出発だ!」
「わん!!」
朝日が眩しい。身支度を整え、いよいよ泉へと向かう。
少し歩いたところで、コレットの胸は騒ついた。それは言い知れぬ焦燥感にも似ていた。
ドラゴンが現れるのは一昨日の予知では今日の昼頃。赤いドラゴンの姿だけがあって、他におかしな様子はなかったと思う。しかし未来は変わる事もあるのだ。
もう一度視ておこうか。なに、念の為だ。と自分に言い聞かせ、立ち止まった。一呼吸おいて腕時計を見る。
視覚を通り越して目の裏で高速に時間が進んでいく。今回は2度目だけあって場所も時間もわかっている。それほど難しい予知ではない。
しかし、脳の中だけでたどり着いた未来は、コレットの期待していたものとは違っていた。
「パピー!しっかり掴まってて!」
「!?」
うとうとと現実と夢との間を彷徨っていたパピーは、ビクリと身体を震わせた。小さな爪でコレットにしがみつく。何が何だかわからないまま。
コレットは走る。爪が食い込む痛さも感じられないほど懸命だった。
視える未来は変わった。一瞬にして肝が冷えた。
しかしそれは絶望ではない。変わるならば、変える事も出来るのだ。
未来は自分で切り開ける。パピーの為ならば、パピーと共に切り開いていける。
その一心は何よりも強いものだった。