† 二十の罪――鉐眼の叛徒(弌)
「絶望の中でもがき死ね――死すべき運命の円舞曲(シュテルプリヒ・ヴァルツァー)……!」
刀身の外周に渦巻く殺意を持った瘴気が、大蛇の如くうねり、空間を歪めながら信雄へと迫った。
「信雄ッ!」
影に包まれゆく彼に、桜花は叫ぶ。
「案ずるな、信じよ。姿を失した程度で、自分(おのれ)までも見失う様な者ではあるまい」
高度を保ちながら、彼女を窘めるルシファー。
「ぐ……ちくしょ――――」
漆黒の海に心身をとらわれた少年は、のた打ち回って悶える。
(……なんて重圧だ。四六時中こんな生き地獄に、兄貴は耐えてきたってのか……!?)
象山の呪詛で汚染された信雄の周囲は、もはや異界へと変貌していた。
「まだ……だ……っ!」
心を蝕まれようと、その灯火はいまだ消えない。
「うぉおおお、まだまだーッ!」
致死の呪毒に必死で抗い、閉ざされた時空を彼はかき分けてゆく。
「まだこんなもんじゃ俺は――――」
一寸先さえ知れぬ暗黒の霧中に、信雄が見出したのは、闇をも塗り潰す地獄の現身(うつしみ)。
「これは、カルタグラ(あいつの)……?」
亜空間に放り込まれようと決して見紛うことなどない魔剣に、あらん限りの勢いで、彼は右手を伸ばした。
† † † † † † †
「流石は魔王の重圧に屈しなかっただけあるな。常人なら即座に廃人となる浸蝕に、こうも持ち堪えるとは、逞しく育ったものよ。だが、私は止まった時の中、その終わりなき狂気と共にあり続けてきた。お前も分かっだろう――この憎しみが。怪魔(やつら)の恐ろしさが。人の愚かさが!」
視界は真っ暗なままだったが、耳に流れ込むようにして、象山(ヤツ)の言葉が入ってくる。
「はぁはぁ……時間を止められてんのはお互い様さ。どんなおっかねー技かと思ったら、んなもんかよ。救世の果てだかなんだか知らねーけど、あいにく俺の覚悟は、この程度で変わるようなもんじゃないんだわ」
言い返してみたものの、相手がどこから見ているのか見当もつかない。
「それはそれは大したものだ! そう、弱いがゆえに餌となる。怪魔は人を闇に導くが、堕ちるのは人間自身の咎。その根源を断絶すべく、罪深い人類を力づくで浄化する。言わば世の理を代行するに過ぎない。足掻く方が非生産的ではないか」
「ああ、そうだな……確かにその通りだろうさ。それでも――俺は人間を信じたいんだ!」
「全く、呆れる程に救えぬ奴だ」
実際、救えないまま、救われずに終わった男を、俺は知っている。けど、だからこそ――――
「救われたいだなんて、最初から思ってねーよ。そりゃ人間は愚かさ。救えねー生き物だ。なら、救ってやらなきゃって思っちゃうんだわ、この愛すべきバカどもを。そんなバカなこと考えちゃう救えねーバカの一員があんたの弟だ。そして、あんたも同じだったろ。身のほども弁えずにバカを卒業したつもりになって、挙句にバカの駆除かよ。どっちがバカかわかんねーじゃんか……こじらせバカが。もうバカがゲシュタルト崩壊しそうだよ――バカ兄貴」
そう、兄貴(かれ)はこの世界を、その未来を、人間を、愛そうとしていたゆえに、彼は人間(みずから)を毒(あい)してしまった。
「お前は人の為、が自分の為であると受け入れず、理想に縋るだけの幼子だ。救えず取り零し続けてゆくしかない、感情論だけの無力で浅はかな、愚かで哀しい弱者よ」
「感情論? 当たり前だ! 大当たりだよ。非合理的だと馬鹿にすりゃいいさ……でもな、そんな非合理的な存在である人間に生まれて良かったと思っている――それが俺の感情だ。感情をもって生まれたことを嬉しいと思う、その感情が俺を動かす! 俺は自分の感情に基づいて、そのために誰よりも動いてやる!」
あの日そうして、何人にも御せないと畏怖される魔王に、俺が売ったものは――――