† 二十の罪――鉐眼の叛徒(弐)
「お前は人の為、が自分の為であると受け入れず、理想に縋るだけの幼子だ。救えず取り零し続けてゆくしかない、感情論だけの無力で浅はかな、愚かで哀しい弱者よ」
「感情論? 当たり前だ! 大当たりだよ。非合理的だと馬鹿にすりゃいいさ……でもな、そんな非合理的な存在である人間に生まれて良かったと思っている――それが俺の感情だ。感情をもって生まれたことを嬉しいと思う、その感情が俺を動かす! 俺は自分の感情に基づいて、そのために誰よりも動いてやる!」
あの日そうして、何人にも御せないと畏怖される魔王に、俺が売ったものは――――
「たいそうな理屈もねえ。掲げる理想もねえ。俺はただ、理不尽に奪われる命を全力で護り抜く! そのために、俺は有限(いのち)を差し出したんだ」
彼に奪われた代償は、自分の存在を終わらせられる権利。
そして、彼から与えられた得物は、対象の存在を打ち消せる魔剣。
「そっちが心を壊(ころ)すのなら、こっちは存在を消(ころ)す剣で応じよう……! 塗り潰される前に、喰らい尽くしてやる!」
その刃が本領を発揮すれば、次元だろうと否定する。それが今の俺にとって、この悪趣味なブラックホールから脱出する、唯一にして最善の方法。
「つまりあんたは逃げたんだろ。でも、俺は人と向き合うことを諦めない!」
あの全身が分解しそうな反動に、極限状況下の精神(おれ)が耐えられる保証はない。
それでも――――
「不可能ってのは、やってみた上で言えることだろ。俺はやるよ」
自分に言い聞かせるようにして“魂喰いの魔剣(グラディウス・レクイエム)”に燃料(こころ)を送った。
「そう決めたんだ」
浴びせられる悪夢を幻と散らせてゆく。
「そう誓ったんだ」
どこが痺れているのか、もはや判別できない。だが、ここで止まろうものなら、永遠(とわ)に封じられてしまう。
「そう――歩んできたんだ!」
遂に維持できなくなったのか、暗室は灰に帰していった。
「……あんたは怪魔に呑まれたが、俺は飲み干す側なんだよ」
再び対峙した象山を睥睨して、カルタグラを構え直す。
「ならば私一人も倒せずに、何かを救おう等と思い上がるなよ」
「分かってるさ――これで決着だ」
かき乱され、散り散りになっている意識を集中させた。
「この身は常勝不敗なれど、己が手に真なる勝利(こたえ)を掴む日まで、我が渇望は修羅の先に在り」
ルシファーとの連動が復活したからか、技の再現に躊躇がない。
「そ、その詠唱は……!」
象山の隻眼が見開かれる。
「如何なる屍山血河とて、我が歩み止めるに及ばず」
勝者(あいつ)が魔力を回してくれているということは、その歩みは止められてしまったのだろう。
「ふ……ふざけるな、お前が登輝の真似事など……っ!」
限界を迎えたはずの四肢に、みなぎるパワーが心地良い。
「立ちはだかる者を幾度となく討ち果たすだろう」
紡ぎ終わると時を同じくして、満ち溢れた魔力が燦然と輝きを放った。
「――――推参。あんた自身が生み出した秘術に全てをかけた友の奥義で、信じることの強さを思い知ってもらうぜ。“狂気の人間凶器(ディメント・インクルシオ)”……!」
一帯を揺るがすのは、猛り狂う大波にも似た、武骨で膨大な覇気。
「ば、馬鹿な……これ程の再現率――ぐぉああああッ!」
象山を覆う黒々とした毒瘴ごと斬り裂いてゆく。
「あんたは力によってルールとなり、不死によって永遠に君臨し続けると言ったな。なら、力でいつか倒される日が来たら矛盾じゃねーか」
再生し続ける標的(かれ)より早く、もっと早く――――
「それが今日この日この時だよ。その不死、ここに打ち消そう」
頭が朦朧としているが、ここで攻撃を緩めるわけにはいかない、ということだけは実感できた。
「永遠なんて――どこにも無いんだよ。有限こそが、人間の証だろうが」
いつか、ルシファー(あいつ)に言われたことを思い出す。
「我等悪魔はさて置き、人間に永遠なぞ無い。故に有限の人生の中で視(し)れば良い。己(おの)が身に於いて、無限の価値を見出せるものを」
人間の欲は、とどまることを知らない。天文学的な確率で人間に生まれることができたのに、人間以上を目指してしまう。
(でも、もう十分だ。兄貴みたいなヤツを見るのは、こっちだって辛ぇんだよ…………)