† 十九の罪――禁じられた呪い(肆)
(信雄め、独力(ひとり)でも斯様な力を揮うに至ったか)
一方のルシファーも、相方の奮闘する神殿上へと目を移した直後――――
高まり続けた彼らの魔力がひときわ大規模な衝撃を引き起こし、砕け散った壁面と共に少女が吹き飛ばされてきた。
「む、此れは危ない」
相も変わらず無表情のまま浮上して、気を失っている彼女を受け止める。
「……熱は無いな」
抱えた彼女の額に手を当て、確認する魔王。
「んー、むぐむぅう…………」
ルシファーの腕の中で、桜花は寝言のように呻いている。
「んごんご……むぅうううう!」
「騒々しい」
冷淡な瞳と声色で、彼は一喝した。
「あー。ぬんぬん、んああ…………」
「……貴様、起きておろう……?」
ルシファーが僅かに眉をひそめ、顔を覗き込むと――――
「ん、あー、わッ! ちょちょちょなにして……うわっ!?」
目を覚ました桜花は、動揺のあまりバランスを崩し、さらに焦るという悪循環に猛スピードで突入。
「大人しくせよ」
「おおおとなしくって、なにするつもり!? ちょ……はなして変態ッ!」
「然れば墜ちて死するのみ。危険が故、大人しくせよと云っている。尚、余は変態ッではない」
彼は依然として、冷静沈着に対処する。
(ベルゼブブの扱いで慣れておったのが幸いではあるが――ベルゼブブ……?)
腹心の気配が消失していることに気づき、ルシファーの力が緩んだ。
「やめてやめてマジやめて――って、ああ……もしかしてきみ、たすけてくれたの?」
大きな瞳をいっそう丸くして、桜花が問いかける。
「左様に申しておろう」
「いや、はじめて聞いたんだけど…………それより、ぼく――信雄は!?」
「其の者が事の他煩わせて呉れたのでな。此れより直に見物と赴くものよ」
変わり果てた茅原の風体と、それでいていまだ歩みを止めないその心に、息を呑む彼女。
「……どうしてとどめを刺さないの? あんなの、苦しいってきもちが残るだけじゃん」
「あの者は捨て置けど、遠からずは死にゆく定め。武人の最期を見届けるのもまた、王の務めなれば」
「じゃあ信雄を助けにいこ」
「否、あの者は信雄が斃さねばならぬ」
桜花はまじまじと彼を見上げた。
「……なんで……? どうして彼を心配せずにいられるの? いつもいつも、なんだかんだ信雄のこと気にかけてたじゃん!」
「黙して拝覧(ながめ)よ」
「ちょ、あぶっ――――」
彼女の手足は宙をかき乱すが、ルシファーの上昇には成す術もない。
「暴れた方が危険であろう」
桜花が意識をしがみつくことに専念させると、魔王は得物(カルタグラ)を解除した。
「くそ……う…………」
信雄は膝を突き、みつきのデスペルタルも、今や原型を留めていない。
「既に勝敗は決した。極大の苦痛と共に、その背負いきれなかった重荷に押し潰され、己(おの)が無力を噛み締めて滅びゆくが良い」
悠然と歩み寄り、彼を見下ろす象山。
「我が救世の果てたる魔道の極みと、あらゆる人間に害なす怪魔の呪いが交わって生み出された至上の悪夢。対象の内なる負の感情を目覚めさせ、根源たる過去の己へと遡って精神(たましい)ごと殺すこの技こそ、哀(いとお)しくも救えない最愛の弟を葬(おく)るには、この上なく相応しい」
少年に突きつけた鉾が、禍々しいまでの闇色に煌めく。
「絶望の中でもがき死ね――死すべき運命の円舞曲(シュテルプリヒ・ヴァルツァー)……!」
刀身の外周に渦巻く殺意を持った瘴気が、大蛇の如くうねり、空間を歪めながら信雄へと迫った。