† 一の罪――堕天使斯く顕現す(陸)
息巻く様を傍らの彼は、コーヒーを啜りながら睥睨する。
「くそが……爆発、いや――苦しんで死ねばいいのに」
小声で愚痴り始めると、周囲に毒々しい瘴気が立ち昇っていった。床や天井より無数の怪魔が這い出て、その黒霧を貪り喰らいだす。
「七つの大罪――嫉妬、か」
奴らが圧力をかけている場合は一般人にも陽炎のようには見えたりすることもあるが、怪魔が餌に夢中だからか、違和感に反応している様子の者はいない。
「避難しろっつっても聞いてもらえそうにねーな。あー、まだ俺のアイスティー来てないのに」
「ま、これも仕事のうちかな。別任務中だから時間外労働には含まれなさそうだ」
嫌悪感と共に自慢話を見つめていた店員たちにも、数体が群がっていた。
厨房の奥より一人が虚ろな目でフラフラと立ち上がったと思った刹那、矢の如く伸びた片腕が俺の喉元に迫る。
「……出すもんが違うんじゃねーの?」
突き付けられた巨大なかぎ爪を人差し指と中指だけで挟み、俺はクレームをつけた。
「俺のアイスティー、どうなっちゃってるわけ」
コンコン、とテーブルを叩いて意思表示していたフォークを逆手に持ち変え、目の前の腕を一刺し。
「ヴゴゴ……ヴヴアァ…………」
苦悶の呻きに導かれるようにして、店内中から漆黒の鎌首が顔を出す。
「まとめて来んならちょうどいい――あんたら全員、闇に還してやるよ」
鈍色に輝く刀を手に、俺は席を立った。
ビル街を駆ける三人の狩人と、大量の妖たち。
「くっそ、こいつら……!」
怪魔はこんな早さで増えない――なにか仕込まれていたようだ。
「もう限界です!」
槍に変化させたデスペルタルで薙ぎ払いながら、三条が叫ぶ。確かに、結界を張りながらの戦いでは厳しい。が、六本木のど真ん中で解除すれば、人目についてしまう。高速道路の照明灯に降り立って、近い順に屠っているものの、こちらも埒が明かない。
「緑川くん、三人じゃ無理だ! いったん退いて増援を」
俺はアダマースに拾われて以降、多聞さんの命に背いたことはなかった。
しかし、ここで逃げれば、加勢を得て戻るまでの間に、何人の一般人が犠牲になるだろう。
(……また止められないのか、俺は――また目の前で起きている悲劇を止められないのか? あの時みたいに、理不尽な暴力になす術もなく終わるのか……?)
「……撤退だと言って――――」