† 一の罪――堕天使斯く顕現す(漆)
「緑川くん、三人じゃ無理だ! いったん退いて増援を」
俺はアダマースに拾われて以降、多聞さんの命に背いたことはなかった。
しかし、ここで逃げれば、加勢を得て戻るまでの間に、何人の一般人が犠牲になるだろう。
(……また止められないのか、俺は――また目の前で起きている悲劇を止められないのか? あの時みたいに、理不尽な暴力になす術もなく終わるのか……?)
「……撤退だと言って――」
「そりゃ俺だってまだ若いんだし、他人のために命なんてかけたかねーよ。でも、それでも――目の前で理不尽に命が奪われてくのを見んのは、もっと苦しい気がしてなんねーんだよ!」
「緑川……くん?」
(……神様でも悪魔でもなんでもいい! どうか力を貸してくれ)
狂ったように手当たり次第、敵影を斬り続ける。
「退路を塞がれました!」
怪魔らしからぬ連携に、今や俺たちは包囲されていた。
(ああ、俺も……あの日の親父たちみたいに――――)
限度を超えた疲労に、意識が混濁へと導かれてゆく。
しかし。
それでも、なお――――
「いや、違う! 親父も兄貴も弱かったから死んだ。けど……緑川信雄は、こんなとこじゃ終わんねー! 確かに俺は弱ぇよ。だけど――名誉も報酬もいらない。カッコ良くなくても、美しくなくても、讃えられなくてもいい! でも、どうしても俺がやらなきゃならねえ。あんたが必要なんだ。どうか、このちっぽけな俺に力を……!」
――この衝動(ねつ)は、天井(おわり)を知らない。
「!? 緑川く……ん……?」
辛うじて両足を支えていた消え入りそうな意地が、迸るほどの闘気となってゆく。
「俺じゃ力不足ってなら、力を借りるしかねーだろがあああああ!」
理想はあくまで理想かも知れない。
だからこそ、遥か彼方にあるからこそ、人は追い求める。夢を失ってまで目指すものなどないのだから。
そうして、いつの世も人間は、いくらでも届かない星に手を伸ばしてしまう。
「我が声に――応えよおおおッ!」
燃えるような瞳と共に、自分でも驚くほどの雄叫びが天を衝いた。
「来い! 至高の魔王……!」