† 一の罪――堕天使斯く顕現す(捌)
辛うじて両足を支えていた消え入りそうな意地が、迸るほどの闘気となってゆく。
「俺じゃ力不足ってなら、力を借りるしかねーだろがあああああ!」
理想はあくまで理想かも知れない。
だからこそ、遥か彼方にあるからこそ、人は追い求める。夢を失ってまで目指すものなどないのだから。
そうして、いつの世も人間は、いくらでも届かない星に手を伸ばしてしまう。
「我が声に――応えよおおおッ!」
燃えるような瞳と共に、自分でも驚くほどの雄叫びが天を衝いた。
「来い! 至高の魔王……!」
コ・ランド・プランシーは著書・地獄の辞典で「ルシファーを呼び出すのは月曜日」と、記している。
二〇二六年の十二月七日は、月曜日だった。
「まさか……バカな、無理だ!」
多聞さんの言葉に反し、俺の足元には魔法陣が展開され、ⅥⅥⅥという紫色の文字が浮かび上がる。
「緑川くん、やめるんだ! 彼の対価は――」
「対価だあ? 上等だ、俺ごと持ってきやがれ!」
気迫に呼応するようにして、吹き荒れ始める旋風。
「うっ、コンタクトにゴミが……!」
「桜花くん、まだ手術してなかったのかい。戦闘中、もしものことがあってからじゃ遅いって言っ――」
次の瞬間、耳をつんざく爆発音が轟いた。
「ぐっ……うおおおお!」
魔法陣から爆炎が赤々と噴出し、孔雀の羽根に似た紋様が左目を囲うように覆ってゆく。
熱くはなかった。むしろ、胸の奥が凍てつくような寒気に鳥肌が収まらない。
そのとき、
「――Fortes fortuna adjuvat.(運命は、強い者を助ける)」
空気を裂かんばかりに冷たく、何者かが呟いた。
あたかも世界の意思が空から降ってきたかのように唐突で不気味で、およそ生きているものに出せるとは思えない迫力を伴った、それでいて気品のある声。いよいよ幻聴が聞こえたか。見渡す限りの怪魔がひしめく戦場で僅かに一言、発せられただけながら、そう思わずにいられないほど、それは鮮明に耳朶を打った。
乱戦の真っ最中にも関わらず、一帯の空気が凍ったかのように、誰もが一瞬その動きを止めたことが、俺の錯覚ではなかったと物語っている。
数秒の間を置いて、ゆっくりと見上げると、そこに彼はいた。