† 一の罪――堕天使斯く顕現す(拾)
硬直したままの怪魔たちを一瞥して、無人の交差点に舞い降りる黒衣。再び風が騒めきだす。
「刮目せよ」
そう彼が口にすると、その背より、さらなる翼が二枚現出した。
「貴様らに墓標は要らない」
全世界の視線に敵意を含ませ、一度に浴びせられても、これほどの圧力には遠く及ばないだろう。
「――――告げる」
一歩も動かずして鳥たちが飛び去るほどの重圧だが、彼の視界に収められた怪魔は一体も微動だにしない。俺たちも一連の挙動を、固唾を飲んで見守るのみだった。
「汝等の滅びを以て」
その右腕は直角に曲げられ、指先が天を指す。
「世界を浄化せん」
深紅のローブから前方へ突き出された左手に、紫の魔力光が灯った。大地は脈動し、逆巻く気流に、本体の数倍はあろうかという四枚の翼が波打つ。
「う、うわぁああ……ッ!」
あまりの光圧と天地を揺るがす嵐に、顔を覆わずにいられない。
「天の――雷(いかずち)……!」
その刹那、一面が光の海に呑まれた。
魔王などという言葉ですら彼を表現するには生易しい。極太の光線が駆け抜けた街は、もはや煉獄そのものと化していた。
「……まあ四枚羽では此の程度、か」
派手に抉られた道に目を落とし、独白する破壊の権化。射線にいた怪魔はおろか、他の数十体も跡形もなく消滅している。
「あー、飛蚊症患者にゃきついってこれ」
植え込みから上体を起こして、変わり果てた大通りと俺を多聞さんが見比べた。
「まったく、なんてことをしでかしてくれたんだ……悪魔の召喚は厳禁だっておじさん言ったよねー。しかもよりにもよってルシファーなんて規格外とはやってくれたなあ」
「命令に違反し、取り返しのつかないことをした罰は覚悟の上です。でも実際あそこで奇跡にでも縋んねー限り、連中にみんな食われてたじゃないすか」
「結果論でしょ、まったく……この世の終わりかと思った」
尻餅をついたまま不平を唱える三条の瞳には、語勢に反して覇気が失われている。
「いやー、よかったよ、この世が終わらなくて。ルシくんも青臭いガキんちょの願いごとにのってくれた上、パワーもおさえてくれたみたいでありがとうね」
近所の主婦と居合わせたかのように、彼は魔王に話しかけた。