† 一の罪――堕天使斯く顕現す(拾弌)
「いやー、よかったよ、この世が終わらなくて。ルシくんも青臭いガキんちょの願いごとにのってくれた上、パワーもおさえてくれたみたいでありがとうね」
近所の主婦と居合わせたかのように、彼は魔王に話しかけた。
上司の人間離れした胆力と、地形を変えた一撃があれで加減していた、ということに驚愕する。当社比百パーセントだったら、今頃は東京が二十三区じゃなくなっていたかもしれない。
「余は飽いていた。地獄の底にて悠久の刻を過ごしていた折に、稀有な魂の味に誘われたまで」
淡々と述べる彼だが、どうやら呼び出されたことに怒ってはいないみたいだ。
「ノリいいんだねー。でもいろいろ大人の事情があってさ。この様子を証拠としておさえられちゃったら、おじさんの首が飛んじゃうんだわー。たぶんいろんな意味で」
「案ずるな。斯様に畏れを知らぬ酔狂な者の顔を拝す為に、余が手ずから赴く訳無かろう。我が肉体は地獄に在る。具現化した身は人間の文明――」
言い終わるより先に、シャッター音が鳴った。
「ホントだー。ルシくん写ってない」
「なに撮ってんすか」
聞くだけ無駄か。
「そう言えば趣味でしたっけ、大昔の持っててよかったですねー。通信機のカメラ機能じゃデータどう扱われているかわかったものじゃないし」
そしてこいつは、いつまでパンツを見せつけているつもりなのだろう。
「ルシくん、写真は残念だったけど、サインとかもらえたりするかな? あとさっきのドーンってヤツ、どうやって撃つのかおじさんにも教えて」
双唇を開きもしないルシファー。冷たい――まるで氷のような瞳だ。
ここに来て地雷を踏み抜くあたり、一方の中年もやはり計り知れない。
「……魔界にも黙秘権があるとは参ったなあ。いやー、ごめんごめん! まあアレだよアレ。おじさん冗談を言わないと死んじゃう体質なんだ」
「んじゃ可及的速やかに死んでください、マグロ丸さん。せっかく生き残ったのに、ここで機嫌を損ねたら港区が一貫の終わりじゃないすか」
「おルシさま、この生意気な小僧を煮るなり焼くなり好きにしちゃっていいんで、港区とおもにわたくしは勘弁していただけますかね」
「余が望みしは筆だ。かの者が命運は元より余が決める」
意外と付き合いいいんだな、と印象を改めていると、彼と目が合った。威圧感の欠片も示していないのだろうけど、尋常ならざる近寄り難さだ。これは友達いないタイプ。
「貴様自身を代償にする、そう誓ったか」