† 二の罪――我が背負うは罪に染まりし十字架(弌)
意外と付き合いいいんだな、と印象を改めていると、彼と目が合った。威圧感の欠片も示していないのだろうけど、尋常ならざる近寄り難さだ。これは友達いないタイプ。
「貴様自身を代償にする、そう誓ったか」
「え、いや……言いましたっけ?」
俺を正視する藍色の瞳は、すべてを見透かすかのようだ。
「……今後、力を貸してくれんなら何でも差し出す。でも一つだけ、そっちも誓ってくれ。俺以外のヤツには手を出さない、と」
穴でも開けられそうな目力で覗き込むように前身してくると、俺の目前で止まるルシファー。思いのほか身長差は小さいのが、せめてもの救いだ。
「ほう、地獄をも制した此の身に命じるか――何たる暴挙! 何たる傲慢! 重畳。貴様、名を何と云う?」
「えっと……緑川、だけど」
ツボに入ったのか不敵な笑みを浮かべる魔王に、困惑しつつも名乗る。
「緑川信雄よ。命が対価と云えど、此の場で貴様を殺める無粋な真似には及ばぬ」
「ああ、どうも……あれ? フルネームまだ言ってないけど」
「疾うに存じている。己が名を好かぬ様であった故、如何様に名乗るか興が乗ったまで」
もしかして、ドエスな魔王なのか?
タチが悪いものを召喚してしまったようだが、悪魔との契約にクーリングオフは絶望的だ。
「して貴様。余と契約をなせば、同族(ひと)を殺める迷いも一段と薄れゆくは必定――此の身を叩き起こすとは狂人とみたが、尚も正気の心算か?」
「どんな極悪人だろうと殺せば同罪だ。この血濡れた手は、いくら綺麗事を重ねようが綺麗にはならねえ。俺はより多くの人間を護るため、人間だった者たちを犠牲にすることを選んだ。戻れねー道に足を踏み入れちまったんだ。覚悟は、とっくにできてる」
無言で聞き届けていたルシファーだが、僅かに苦笑を挟むと、再び俺を見定めた。
「流石は余が応じた者よ。実に愚かで無謀で身の程知らずで救えぬ――故、我が力を以て一片の希望と極大の絶望を与えん。変わりゆく世界を不変の身で生きる咎、背負い続けるが良い」
彼の双眸が紫に輝いたと思うや否や、耳元を舐めるように小ぶりな口が迫る。
「飲み干してみよ――――」