† 五の罪――運命(さだめ)との対峙(弌)
実戦に判定はないが、ヒット・アンド・アウェイを常にアウェイで終われるように繰り返せれば、いつかは勝つ――そう語ったのは、他でもない多聞さんだ。
(……それをあんた自身を相手に、証明させてもらう!)
当然、彼も烈火のように撃ち込んでくる。
(そうやってローを蓄積させてハイキックを狙うのはバレバレだ――こ、これは……!?)
多聞さんの脚が曲がった。ガードした上から、蹴り降ろされる。
(……極真空手の、ブラジリアンハイ!?)
「オァズボォ……ンッ!」
人体からしちゃいけない類いの音が出た。
それを知覚したときには、膝から崩れ、俺の視界に天井が広がる。意識がはっきりしない。
だが――――
「――いつまで寝ている、緑川信雄。忘れたか、戦うと決めた日の自分を。お前の足は、なぜついている?」
多聞さんの声が耳朶を打った。
「誰よりも……速く駆けるためです」
横たわったまま、朦朧とする頭で答える。
「お前の腕は、なぜついている?」
「誰よりも多くの怪魔を討ち果たすためです」
「お前の心の火は、燃えているか?」
もはや、言葉にするまでもなかった。
「異能に溺れる者は二流だよ。もともと僕らの力じゃないんだ。なんかの拍子に使えなくなるかもしれない。最後に頼れるのは己の身体と技術だけ。魔力も武器も失ったら戦えませんじゃ困るよね」
この半年以上。思えば多聞さんは、妖屠を育成・運用する組織だというのに、対人の実戦を意識したようなことを何かと言っていた。
「……人間相手に戦う日が来る、っつーことすか?」
「どういう事情であれ、人間を殺した者はもう人間と呼べない。人生に失敗は付き物。多少転んでも、また歩き出す権利はある。けれどね……どんな理由があれ、人であることを捨ててしまったら――もう二度と、人には戻れないんだ」
多聞さんは撃ち抜くような双眸で、俺を見据える。
「覚悟は、できているかい?」
――――覚悟もなしに、ここに立ってはいない。
「戻る気なんてねーよ。人以上になんなきゃ人は救えねーだろがああああ!」
そう、俺は立ち上がっていた。大地を踏みしめ、渾身の右フックを放つ。
一閃。
(ちくしょー。まぶしい。今の俺には、まぶし……すぎ……る……ぜ――――)
クロスカウンターを喰らったからか、空が青すぎるからか。いや、その両方だろう。
目が眩んだと思いきや、俺の感覚は、雲の彼方へと消え去っていった。
「君は反応もいいし、身体だって強い。持ち前の剣技に加え、教えたことを片っ端から身につけてる。だがそれゆえ、技に頼り過ぎなのも事実。日々の演習でいまだ僕に有効打を与えられていないのが、なによりの証拠だ。君は戦争を経験(し)らない。極限の攻防はいかに僅かであれ、その差が命を左右する。既存の攻撃を勢い任せにかますだけじゃ、いずれ通用しない場面が訪れるぞ。もっと俯瞰的に見ろ。視野が狭い奴は乱戦で死ぬぞ」
宿舎に戻って、多聞さんからのダメ出しを聞く。
「ってなわけで、次は大事な大事な栄養の補給だ」
なぜこの人たちは、俺を当たり前のように見つめてくるのか。
「つまりアレっすね、作れと。ちぇっ……十位以内は幹部食堂が使えんじゃないすか」
俺の不平に、多聞さんは大袈裟に口を尖らせる。
「えー、仕事じゃないときぐらいお偉方の顔色うかがわずに過ごしたいよー」
彼はチーム多聞丸の構成員でなくなった今でも、こうして俺たちと同じ宿舎に寝泊まりしていることが多かった。若者だけでは自己管理が不安なのか、上層部も黙認しているようだ。
「……おなか減った」
「はよ用意せい。間に合わなくなっても知らぬぞ!」
視線がつらい。間に合わなくなると、どうなってしまうのかは分からないが、女性陣も弱り果てているようだった。
「しゃーない。余ってる食材まとめてカレーだ。ただし、カレーと言っても俺が作んのは日本人らしくカレーライス! ナンとかいうシャレたもんはねーけど、大人しく食うんだぞー?」