† 五の罪――運命(さだめ)との対峙(弐)
「……おなか減った」
「はよ用意せい。間に合わなくなっても知らぬぞ!」
視線がつらい。間に合わなくなると、どうなってしまうのかは分からないが、女性陣も弱り果てているようだった。
「しゃーない。余ってる食材まとめてカレーだ。ただし、カレーと言っても俺が作んのは日本人らしくカレーライス! ナンとかいうシャレたもんはねーけど、大人しく食うんだぞー?」
「はよ」
こいつに至っては稽古したわけでもないのに、腹が減っては戦はできぬ、と言いたげな面持ちである。
「……まだか?」
いやいや、まだ食材を切り終ってもいないのだが。
「文句ばかりだね。ほんとーにルシファーに次ぐ実力あるの? だいたい、ベルゼブブって言ったら普通男だよね。あー、イケメンの悪魔がよかったなあ……」
「なんと無礼な……わ、吾輩の力をうたがうのか! まあそちのために使うことなど有りえぬがな」
まったく、先が思いやられるコンビだ。
「魔王の右腕にこのような物を出すとは、おそれ知らずめ……!」
「……フッ。真なる王者とは、何時如何なる場とて存分に愉しむものよ。人間共の文化を試す良き機会ではないか、と魔王さんが申してます」
我ながら雑な出任せだったが、ベルゼブブは恐る恐るカレーを口に運んだ。
「あッ! あぅううう……うぬぬ」
辛さと温度に驚いたのか、彼女は大きな瞳に涙を滲ませて身悶えする。
「大丈夫か!?」
「だれも熱いなぞ言っておらんわー! 吾輩にかかれば、こここ……こんなもの……!」
いや、俺も熱さに関して口に出してはいないのだが。
しかめっ面でかっ込み始めた地獄元帥様は、むきになりやすいお年頃のようだ。
「……ふむ、わるくないのう。人間どもの文化とやら、光栄に思うがよい」
「うん。似合ってるぜ、そのウサちゃんスリッパ」
女の子が来た時のために用意していたはずが……いや、間違ってはいないんだけど。
さすがに、この外見年齢では、文字通りの女の子になってしまう。
「だが思い上がるなよ、料理ぐらい吾輩もできるぞ! ご主人さまはいつもうまいと言ってくれるのだ」
「ほんとーに……?」
訪問販売をどう追い返そうか、時間を稼ぎつつ考える主婦のような疑り深い目で流し見る三条。
「うむ。あまりのうまさに震えながら食べておるのだからな」
それは果たして、美味しくて震えているのだろうか。
「ゼブブっち、ご飯粒ついてるよー」
「えっ、ア……アクセサリーだ!」
多聞さんを睨みつけ、アクセサリーを外すと、彼女は腰を上げる。
「んな程度でいちいち家出してたらキリねーぞ」
「放尿だ」
あまりに唐突かつ直球な物言いに、三条が溜息をついた。
「男がいるとこでそういうこと言わないの」
「男がいなくてもカミングアウトすんな。そーいや、風呂も自由に使っていいぞ。ただし、俺が入ってるときラッキースケベでもしたらエクソシスト呼ぶが」
「案ずるな。此の者は胸が一定以上に突出した人間しか異性として認識できぬ故、と魔王さまが」
多聞さんの冗談は的外れでもないのが、またタチ悪い。
「あんたも勝手に誤解を招くようなこと言ってんじゃねー!」
野暮用だかで多聞さんが出かけ、満腹になったベルゼブブはおねむのようだ。
「きみ……変わったね。ここに来たときは、もっと片意地なかんじだった。正義はなにか見出せなくとも、自分の納得いかないことには挑まずにいられないような」
一緒に食器を片づけていると、三条が話を振ってきた。
「今でも大して変わんねーよ。そもそも、正義の味方ってよく言うけど、その正義って誰のことなんだろな」