† 七の罪――劫火、日輪をも灼き尽くし(弐)
「ならば地獄の王様とやらに、この世の地獄を見せてやろう」
指の股に挟んだ数本の矢を、続々と投擲する茅原。ルシファーは槍を生成し、これを涼しい顔で防いでゆく。
ついに槍が砕けたのを史上最強の妖屠が見逃すはずなく、無数の矢と魔力弾が一斉に放たれた。
が、
「……我が得物(カルタグラ)を使わせるとは」
ルシファーが黒々とした剣で薙ぎ払うと、それらは刀身に触れるや否や消滅してゆく。
「やっと魔王らしい武器を出したか。なら教えてやろう。俺がなぜ“史上最強の妖屠”と呼ばれているのかをな!」
熾烈極まりない未知の斬り合いに、多聞ですら息を呑んでいた。
「なんて応酬なんだ! しかも二人とも、あれで余力を残している――って、桜花くん……!?」
信雄だけでなく、もう一人の部下までもが身を屈めて呻いている。
「ぅうっ、あの子が……暴れている……みたいです」
「ゼブブっち、たのむよ――――」
止まない緋雨の彼方を、静かに多聞は見つめた。
「十数年で此の高みに到ったとは、稀有な強者であるな。然れど無謀。余に火を点けた以上、帰趨は決した」
突風の如く放出された魔力の渦が、双剣の片方を放り飛ばす。それでも、
「無茶もできないような男で終わる気なら、最初からこんな化け物に挑まんさ」
動じもせずに空いた手で裏拳を繰り出し、回りながら懐へと肉迫する茅原。
「実力で負けてれば百二十パーの実力で挑む!」
手数を増やして攻め続けるも、華麗に虚空を滑る堕天使は直撃を許さない。
「なおも届かん相手なら、百五十パー引き出すまで……!」
大きく弧を描き、後ろ宙返りでルシファーが離れた。だが、茅原は一転して、距離を縮めようとしない。
「そういう訳だ。こちらも奥の手もご覧に入れよう」
彼が表情をより険しくしたのを皮切りに、覇気が周辺の空気を強張らせてゆく。
「この身は常勝不敗なれど、己が手に真なる勝利(こたえ)を掴む日まで、我が渇望は修羅の先に在り
如何なる屍山血河とて我が歩み止めるに及ばず 立ちはだかる者を幾度となく討ち果たすだろう」
茅原が紡ぎ終わると時を同じくして、
「――――推参。
“狂気の人間凶器(ディメント・インクルシオ)”……!」
猛り狂う大波にも似た、武骨で膨大な魔力が一帯を揺るがした。
(此の者……一分の隙も無い)
ルシファーは黙したまま、様相の一変した敵を正視している。
(……退けば一息に攻めきられる。踏み込めば一太刀に斬り捨てられる。待っていては気を読まれる。視認した後(のち)動いたのでは防げない。並の技等通じない――――)
薄い双唇が満足気に歪んだ。
「やはり貴様は興じさせて呉れる。並の技が効かぬとあらば、並ならざる技を以て挑むとしよう」
ルシファーが右腕を伸ばすと、その面前に紫の魔力弾が七発、十字状に姿を現す。
「罪には罰を。其の身を捧げ償え。
紫炎よ、奔れ――“贖いの闇十字(オブスクリアス・メテオ)”……!」
視界を染める七つの流星。
これらが追尾してくる類だと悟った茅原は、自ら射線上を突き進む。
「まだまだァあああーっ!」
熱線に全身を灼かれながらも、茅原は一直線に射手へと疾駆し、
「……ほう」
走り抜けざまに、白い細首めがけて斬り払った。
「各々が獲物の内包せし七つの大罪に応じ仇成す一撃――其の何れも凌ぐとは、存外に業の深い生き様ではなかったか。如何にもあれ、此の身に傷を負わせたのは数多の戦地を経て四人目よ。誇るが良い」
押しきられたのが予想外だったのか、回避が遅れたルシファーの襟元が裂けている。
茅原知盛はもともと、武芸者だ。一対一が基本。そして、強者との果し合いという願望が人間を捨てた際に、より完成された対人殺法を彼に与えた。
「今の俺は一騎討ちに特化した戦士でよ。傷だけで済むと思われてるなら心外だ!」
数段スピードの増した彼が、目にも止まらぬ連撃を仕掛ける。