† はじまりの罪――常闇の渦中に(陸)
「ちょっと、聞いてる? きみは最初から人間を手にかけること……抵抗を感じていなかったの?」
三条の問いかけを受け、俺は記憶の扉を閉じる。
「人間を殺ったのは数えるほどだが、怪魔(やつら)に操られた時点でそいつは弱いヤツだ。俺と巡り合わなくとも、遠からず喰われてたさ。ただ――どんなに性根が腐ってようと、心が弱かろうと、どれほど醜い姿になろうと、人間には変わんない。俺は忘れねえ。どんな形であれ、この手で奪ってきたものを……命ある限り、忘れねーよ」
「……すごいいいこと言ってるみたいなところ悪いけど、すまし顔で語ってるきみ……今すごいキモいよ」
「聞いといてそれかよ。つーか駅から一本って、天下のチーム多聞丸を何キロ歩かせんだか……人々のためにやってんのに、人目を忍ばなきゃっつーのもせつねーわ。せめて携帯ぐらい持てりゃかわいい子を助けてメアドを――」
「限定的とはいえ自由が許されるだけマシでしょ。政府直属の人たちはご飯も外で食べられないんだって。ぼくは子どものころ海外で過ごしたし、当時いた村は怪魔(あいつら)にやられちゃって、ここ以外の知り合いと連絡とることもないから通信機で十分」
市街地を抜け、道路沿いの景色に占める緑色が多くなってきた。廃トンネルに到るのを拒むかのように錆びついた柵を乗り越え、自然に呑まれつつある旧道を登ってゆく。
「機動戦闘車? 放置されてるっつーわけじゃなさそうだな」
茂みに並ぶのは、国防省の許可なく保有することが禁じられている軍用車両。
「組織(うち)に陸軍のOBがいっぱいいるっつっても、んなもん持ってたとこで実弾で化け物退治なんて――あ、連中以外(にんげん)と戦う前提ってか」
俺たちの所属するアダマース日本支部は近年、怪魔(マレフィクス)を狩る妖屠の育成、運用組織として設立されたが、多くの前身が古より水面下で活動してきたという噂が絶えない。古くは平安時代、妖討ちで名高い源頼光の躍進を支えた、なんて聞いたこともある。
「着いた……みたい」
長い黒髪をかき上げ、地図と眼前の建物を見比べる三条。
「馬的冗談はいらねーよ。人ん家じゃねーか」
コンクリート造りで二百坪近いものの、地元の人間が住んでます、と言わんばかりに生活感が漂う。
「青梅郊外のアジトは地主の邸宅に偽装してるって聞いたことがある……地図の縮尺はめちゃくちゃだけど、さっきの戦闘車といい、あるとしたら絶対この辺」
こいつは何を根拠にもって、こんな確信を得たような面で言い張るのか。
「絶対と言うヤツを、俺は絶対に信用しな――」
「ビンゴ」