† 八の罪――剣戟の果てに(弐)
「悪魔契約の禁を犯した日本支部三条班の妖屠二名は、デスペルタル不携行の上、喜多村多聞と合流し、ただちに本部へ出頭せよって……」
「やっぱバレちまったか。しっかし、なんでまたいきなりローマ? あの戦いを目撃したのは多聞さんと柚ねえだけなんだろ。あの人たちが密告するとは思えないし――」
「茅原さんもこそくなやり方するような人ではなさそう」
「確かに、んなもん材料として利用するようなタイプには見えなかったし、戦いを楽しんでるってぐらいだったから、再戦を望むんなら俺らの自由奪うようなことはしねーだろ。つまり、考えられるなら一つ。ベリアルの契約者が組織内にいるっつーわけか」
「ぼくの見つけた古い儀式のあと……あれをベリアルに使ったのなら、つじつまが合うんだけど」
「こいつは直感だが、あの煙管小僧は違うと思うわ。力なんか借りなくても十分なぐらい強いし、悪魔とは戦いたい派っぽいな」
「ぼくも茅原さんは悪魔と契約するような人じゃないと思う。でも、そうなると心当たりがまったく――」
「……くせぇな。組織の裏でなんかあった臭いだ」
俺は軽く息を吐いて、ベルゼブブをベッドから下ろすと、付け加える。
「組織に道具として扱われ、輝く時は英雄と讃えられるが、人知れず力尽きて死に、忘れ去られる。ダイヤモンドみたいに硬いけど、儚く砕け散る戦士たち……アダマースの名付け親はずいぶんと素敵な皮肉のセンスをしていらっしゃったようだ。で、どうする? お上は話し合いする気なんかね。律儀に丸腰で行って処刑されちゃかなわねーが」
「交渉とは覚悟と備えが有って舞台に臨めるもの。其れを満たさずして行うは、弱者の命乞いに過ぎぬ」
ふかふか帽子の下から、鋭いまなざしでルシファーが一言。
「多聞さんと本部にいったら脱出は絶望的だね。なんだかんだで責任感の強いお方だから、部下が抵抗しそうなら容赦せず取り押さえると思う」
「……寝覚めに隊長と戦っても結果は見えてんな。仮に情けをかけてくれても、七騎士のお膝元。残ってる六人を相手に悪あがきしたって結局は公開処刑みたいなもんか。この先どうなるかも今んとこ予想つかねーし、とりあえず組織から隠れて様子見がベストだろ……逃げるぞ」
「に、逃げるってどこに……? ぼくと新世界のアダムとイヴにでもなってくれるの?」
「少なくとも、旧世界に俺らの居場所はねーってことだ」
「……隊長のぼくが逃亡したら、みんなに迷惑かかっちゃうよ」
「じゃああいつらも連れてくってか? 全員を説得する前に誰か一人がしかけてこねーって保障あんのかよ。どのみち事が露見した時点で、もう部下への迷惑は必至なんだよ。俺らに皆殺しにされるよりはマシだろ」
「賢明な判断よ。ふん、余を応じさせただけの程は有る」
赤装束の魔王が満足気に頷く。
「サンキューサンタ。プレゼント代わりに、これからも協力してくれるか?」
「努々違えるな。貴様を主とした訳ではない。神をも狙う余を御せる者等、如何なる世にも存在せぬ」
「じゃ、なんで俺に力を貸してくれるんだ?」
「幾度も云わせるでない。貴様が滑稽極まりなかった故、其の結末に興が乗った迄のこと。契約如きで余は縛れぬ。見当違いとあらば、何時とて見放すであろうよ。まあ弱者なりにもがくとせよ。暇潰しに力添えして遣ろう」
「ありがてーけどよ、俺はあんたが飽きても一人だろうとやり抜くつもりだ。生き抜けるかどうかなんて気にしても仕方ねえ。少なくとも、戦ってる間は生きてんだろ」
ルシファーはふと俺を横目で見遣ると、ご機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……弱者でなく道化であったか。実(まこと)に、つくづく珍妙な者よ」
こいつ、基本的にノリで生きてるな。
「……ベルゼブブは?」
腕組みして壁を向いている蝿っ子に、三条が尋ねた。
「まあ、ご主人さまがゆくというのなら…………」
僅かに振り返り、小声でベルゼブブが答える。
「まとまって早速だが、お出迎えのようだぜ」
布団から出て、伸びをひとつ。
「さ、ここは逃げて体勢を整えんぞ」
ドアノブに手をかけようとした刹那、板越しに伝わってきた圧力に、本能的な悪寒が込み上げて後退りする。