† 八の罪――剣戟の果てに(参)
「まとまって早速だが、お出迎えのようだぜ」
布団から出て、伸びをひとつ。
「さ、ここは逃げて体勢を整えんぞ」
ドアノブに手をかけようとした刹那、板越しに伝わってきた圧力に、本能的な悪寒が込み上げて後退りする。
「やあ。チーム多聞丸のみんな。お急ぎみたいだけど、おじさんを仲間はずれにどこへゆくんだい?」
向こう側からドアが開くと、よく見知った、それでいて口調に反し、今までになく重々しい顔の大男が立っていた。
「君たちの動きに気づかないとでも思ったのかな?」
「く……ッ!」
多聞さんが口を開くと同時に、俺たち二人は身構える。
「ほっ!」
間を置かず、彼も跳び下がった矢先。
「……え?」
突如として、耳朶を打つエンジン音。
「乗りな。急ぐんでしょ」
恐る恐る表へと歩み出た俺たちを、高機動三輪に跨った多聞さんが迎えた。
「……止めないんすか?」
「止めても君は行くと、おじさんは思うけどなー。ほら、餞別もあるよ」
笑顔で弾薬を見せてくる。
「腐るほどあるから安心しな。腐ってたらごめんねー」
「多聞さんは……どうするんすか?」
「おじさんは田舎に帰って農作業でもしながら両親の面倒見るかな。ここに入ってから長らく顔も見られなかったけど、もうボケてるかもねえ」
俺たちが乗り込んだことを確認すると、彼は哀愁を帯びた面持ちでハンドルを握った。
「多聞さん…………」
その後ろ背に、三条が複雑な顔色で見入っている。
そして――九十九里浜沿いにある公園に差しかかった頃、
「ちゃんと生き延びるんだよー。そしたら飯でも食わせてやるからさ。うまいよ、うちの米は」
俺たちは降ろされた。戸惑いのうちに三条を一瞥したが、彼女も踏み出せないでいる。
「……信雄――――」
静かに、だが、しっかり通る声で呼び止められた。多聞さんが半面を向け、優しさの中に強さを秘めた瞳で、こちらを見つめている。
「お前は二度と、アダマースの一員として認めない。これからは組織の人間でなく、ひとりの男として生きろ。生き続けて、生き続けて、その先にあるお前だけの未来を掴め。お前のその手で……!」
背後に感じるひと気が迫ってきていた。彼の背中が、早く行けと言っている。
† † † † † † †
「ったく、つくづく呆れさせられる問題児だなあ。まあ言ってわからんバカはしゃーない。最後まで付き合ってやるかー。そんな世界一バカな弟子を育てちゃったからねえ」
ターンを決め、道を塞ぐように横向きで停車する多聞。
「……さーて、皆さんおそろいのとこ申し訳ないんだけどさ――――」
路面に降り立つと、押し寄せる数十人の追手に、飄々と呼びかけた。しかし、その瞳は氷のように冷たい。
「たった今、ここ通行止めになったんだわ」
そして、いつになく威圧感に満ちた声色で、彼は告げた。
「まことに申し訳ございません! 茅原知盛は依然として行方知れず、空港には手を回しましたが、一向に情報がつかめずにいます」
若者が深々と頭を下げているのは、豪奢な赤絨毯の一室。
「魔術で足取りを隠したか……まあ此方がその気になればいつでも見つけ出せる。捨て置け。それより、あれはいかがした?」
手元の書物より軽く目線を上げ、男は目深に被った帽子越しに訊いた。
「案の定、喜多村氏が囮のほうに釣られました。今の二人があのお方を突破できる可能性は極めて低く、彼らの命運は決したかと」
「奴のことだ。土壇場で何をしでかすか知れたものではない。逐次、報告せよ」
部下が退出すると、象山は本を閉じて苦笑する。
「所長殿も人がお悪い。あの男を放っておけば、彼らの元へゆくのは目に視えていたものを」
彼の独白が吸い込まれてゆく部屋に、どす黒い気配が生じた。
「もう人ですらなくなってしまったようですがねえ」