† 九の罪――殺し屋殺し(弌)
「別に俺は変わる気なんてねーし、人に押しつけだのなんの、おこがましいことしようとも思いませんよ」
いつの日にか、多聞さんに生き方について説かれた俺は、こう反発したことを覚えている。
「さも正論かのように偉そうに語るけどさ、どっちも歩み寄らないってことは君の居場所なんて生まれないよ」
「そうすか、社会じゃ通用しないすか。なんで多数派の機嫌とるためなんかに俺が自分を捨てなきゃなんねーんだよ。社会様がんな偉いっつーなら、人類なんかロボットにでもしちまえ」
この発言を聞いた彼は、哀しげに遠い空を仰いだ。
「うちらの仲間も、そういうことを突き詰めて都合いい駒を生み出したよ。利用されたのは幼い女の子……実験は成功した。罪悪感をおぼえないんだ。心がないから。躊躇しないんだ。殺すことしか考えないから。たしかに、戦士としては完成されてるかもしれない――――」
多聞さんは一口、煙草をくわえると、静かに吐き出す。
「けど、そうなった彼女は人間と呼べるのかな」
風に流れる紫煙が、悲しげに消えていった。
(――っぶねぇ……呼吸のタイミングちょっとミスったら死ぬな、これ)
みつきの速さは、依然として人間離れしている。
けど俺だって、前にやり合ったときよりは人間から遠ざかった。ルシファーとの同化が進みつつあるのか、完全に見切れてはいなくとも、感覚的に直撃を避けられてはいる。
とはいえ、このままではジリ貧だ。こっちは悪魔とシンクロしている反動で、心身が消耗してゆく。長年あのスピードと共に生きてきた彼女より、粘れる確証はない。
「ちょ、あぶ……ッ! 速い! 速すぎて危ないってー!」
やはり、あれでも手加減してくれていた部類みたいだ。あのときと違い、みつきは得物だけでなく、全身を魔力で覆っている。
いかに強化された肉体といえど、これほどの超高速では動いているだけで、分解、発火……詳しい理論は知らないが、人間が原型を保っていられるような領域ではないぐらいは察せられた――そう、言うなれば戦闘機。人体の適応限度のその先にある機動力を、本人が耐えられる限界まで出すという勝負でもある以上、彼女にとって本気の戦いとは、全力であって全力ではない。
つまり、彼女の実質的な速度には天井がある。
ならばこちらは、天井を破ろう。
必然的に自慢のスペックを出しきれないみつき。
一方の俺は悔しいながら、自壊にはほど遠い安全運転だ。安全ゆえに、まだ飛ばせるだけの伸びしろがある。
どこまで限界に近づけるか、と、どこまで限界を突破できるかの対決。
――――ゆえに、
(お互い命がけ――速力差が最も縮まる今こそ、番狂わせのチャンスが訪れる……!)
辛うじて突進をいなし、方向転換中のみつきに、魔力弾を撃ちかける。魔力光の色が紫ががり、出力も上がってはいるが、さすがに易々とは被弾を許してくれない。鎌から風を放って反撃してきた。こちらも刀身を包む空気を刃にして、続々と打ち消してゆく。
目にも止まらぬ応酬が繰り広げる中、俺は一つの確信を得た。
こいつが“無貌(むぼう)の死神”と呼ばれるのは、速すぎて顔が見えないゆえではない。
機械のように冷静に、正確に、標的を斬り刻むからだ。
そう、無表情で――――
「……三条(こいつ)に初めて人を殺したとき、罪悪感はなかったのかって聞かれたことがあったんだけどよ」
どちらも一歩も譲らず、互いに様子見に入ったか、間合いの開いたまま睨み合う。
「あるに決まってんだろ。生きてる相手だぜ。ターゲットにだって人生がある。夢があって家族がある。あんたのそういうの関係なく殺してくスタイル……合理的じゃねーか。天職だよ、たぶん。でもな――――」
デスペルタルを解除し、俺は魔力を手の平に集束させた。
「気に入らねーんだわ。あんたも、あんたを生み出したお偉いさんたちもよ」
溢れ出る勢いで、波打つ紫炎。
(……ルシファー、あれを使う)
彼の得物は、俺の意識がない内に解放されたみたいだが、脳裏に刻み込まれているかの如く、ありありと見出せる。
「だからあんたは……死体も残さない。存在のすべてを消してやる。出でよ、魔王剣――カルタグラ……!」