† 十一の罪――さくら花 散りぬる風の なごりには(弌)
闇に染められた桜花の心身は、もはや人としてのあり方を失いつつある。
(ぼく、もっと高く飛びたかったな…………)
その想いは、シャボン玉のように儚く風に流され、声になることはなかった。
「……ったく、んなときまでシャボン玉なんてちゃちなこと言いやがって。おい、勝手に完結してんじゃねーよ」
なおも信雄は、暗黒の霧中を夢中でかき分けてゆく。幾度も跳ね返されようが、彼が怯むことはなかった。
「星には手が届かないっつーが、んなの誰が決めた? 上を見続けてきた人間はやがて空も制した。俺たちの手はつかめんだよ、星だって。手を伸ばすかどうかだろ? 絶望には終わりがある――けど希望は天井知らずだ。そこに意思がある限り、どんなに時間がかかったって、どんなに苦労したって、いつか人はたどり着く。今までも これからもな! どこまでだって行けるさ、俺たち人間は」
重いながらも、しっかりとした信雄の足どり。一歩ずつではあるが、彼は桜花へと近づきつつあった。
「……あきれた……」
浮き沈みするように不安定な意識の中で反響している大声に、彼女は消え入りそうに呟く。
「こんなときにお説教なんて……最後に見るきみがきみらしくて安心したよ。ぼくも初めて会った日と変わらず、弱いままお別れ――」
「ああ、そうだ。おまえは弱い。弱い上に、負けず嫌いとは救えねえ。しかも向こう見ずだからこういうことになったんだろが。がさつだし、他にも挙げたらキリがねーぞ。だからあとで俺がいくらでも罵倒してやるから、ここで終わるんじゃねえ。おまえは向こう見ずだけど行動力にあふれ、がさつなようでいて人を思いやれる。そのくせ、自分のことはおざなりだ。だから、この俺がおまえのいいとこ教えてやるから……戻ってこい。俺がなんとかしてやっから、すべて終わったらあらためて説教してやっから、だから――戻ってきやがれ!」
目覚めた彼の視界に広がっていたのは、見たことのない天井だった。
「お目覚めかい? あ、左目は開けないほうがいい。まあ開けたところで適合しかけている段階だろうから、今は見えにくいと思うけどね」
「……病院じゃねーな。これはなんのつもりだ?」
少年は傍らの中年男性に、自身の身動きを封じている不可視の何物かについて問う。
「助かったと思いきや、俺は答えらんねーようなことをされてるっつーわけだ」
「どうするんですか? その高校生」
ドアの向こうから、ふと若い女の声が発せられた。
「気になる? おじさんに聞かれても、上層部が決めることだからさ。ま、異性との新たな出会いに胸躍らせたくなる年ごろなのはわかるけどねー」
「そ、そういうのじゃありませんっ!」
「じゃあどういうのかなー」
勢い良く入ってきたのは、凛としていながらも可憐さを兼ね備えた少女。
「うおっ、すっげーかわいい子……!」
思わず信雄が感嘆すると、彼女は一瞬だけ寂しげに表情を曇らせ、口をつぐんだ。
「あんた俺と同じぐらいの歳だろ? いい予感はしなかったが、こんな女の子も戦うような組織か……俺の鼻も正常に機能してるらしい」
両名の視線を同時に感じ、彼は付け加える。
「あー、ちょっと武人の臭いには敏感でよぉ。そっちのおっさんも、相当やべーな」
「にしては、ずいぶん落ち着いてるねー」
「こいつを上手いこと外せたとこで、二人ともなんとかできるような相手じゃねーっつーことも同時になんとなく理解ったもんでね。警察呼んで好転するとも考えにくくてよ」
「いい読みだ。うちらは日本を含む各国首脳の理解と援助の元で活動してる組織でね。任務地でのことは政治、国防関係によっぽど影響がない限りは、法律や警察に左右されないってわけ」
「ベラベラしゃべっちゃってくれてっけど、俺を帰すつもりはねーってことか」
それまで飄々としていた大男は、目つきを一変させて信雄を見定めた。
「……だったら、どうする?」