† 十二の罪――存在(たましい)滅(ころ)す刃(肆)
「意外と遅かったな。さすがの貴殿でも、此度ばかりは易くないと思ったが、要らん危惧であったか」
「なんだよ、キミがボクを過小評価するとはね。ちょっと今の国防力をじっくり見てみただけだって。てゆーかさー、そのかた苦しいしゃべり方、二人っきりのときぐらいやめよって言ったじゃんー。昔みたいに登輝って呼んでくれていいのに……まあキミはボクと違って、もうけっこーいい歳だもんね」
朗々と語りかけて歩み寄ると、彼は半透明の電子チップを差し出す。
「……後悔、しているのか?」
受け取りつつ、その隻眼で垣間見る象山。
「あー、いやいや。べつにイヤミで言ったわけじゃないよ。おかげでボクだっておじさんにならずに済んでるし、ずっとキミを守っていられるからね。でも、今のキミじゃもうボディーガードなんていらないか」
屈託のないまなざしで、茅原は応じた。
「我らが大願の成就までは気を抜けぬもの。まあ大方の帰趨は決したも同然であるがな……ベリアルが欠けたのは惜しいが、骸の大国と化した今の日本など楽におさえられる。もっとも、その暁には黙ってはいないであろう小蝿共が残っているがな。まあ魔王さえやり過ごせれば、後はどうとでもなる」
再生した資料に目を通しながら、象山が述べる。
「やり過ごす? そんな甘っちょろいもんじゃないよ。彼はボクが息の根ごと止めてみせるさ」
煙管から紫煙をたなびかせ、おもむろに向き直る、史上最強の妖屠。
「……むしろ、来るべき決着を――だれにも邪魔させるつもりはない」
冷たい瞳と声で、彼は告げた。
† † † † † † †
「寝たか?」
実弾のチェックでもしているのか、黙々と作業をしていた林原が、背中越しに声をかけてくる。
「ああ。世話になったな」
「てめェんために手ェ貸したんじゃねェ」
「知ってる。だから、俺もあんたのために一緒に行くわけじゃねーからな」
彼は手を止め、小さく息をついた。
「あいにくだが、それには及ばねェ」
「なんでだよ? 俺がちゃんと魔王の力を使いこなせるようになってきてんの見ただろが」
「てめェが足手まといなんは事実だが、今ァあの女の傍にいてやれ。強がっちゃいても、支えが必要だ。俺様は先ん行くがよ。一位(やろう)との決着も残ってんでなァ」
言うだけ言うと、立ち上がる林原。
「そ、そうかもしれねーけど……バラバラに行ったとこで各個撃破されんのが関の山だぜ」
「しつけェ男ァ嫌われっぞ。てめェの物差しで測んな。俺様を誰だと思ってやがる。とっとと戻れ、クソガキが」
「……そうか。あいつが回復したらチャンスを見て俺らも乗り込む。次に会うときはお互い古巣に反逆者として帰ってきた同士か」
去り際に彼が、横目でこちらを一瞥する。
「次が、あればな――死んでたら叩き起こしてやらァ」
ぶっきらぼうに吐き捨てると、大股で夕焼けの中に武人は溶けていった。
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「かたづけないのー? それ」
多聞であった傍らのそれを見下ろして、茅原が尋ねる。
「いや、それには及ばん」
「あれれ……キミとしたことが瀕死の彼を見て、情でもわいた? どうせもう時間の問題だったし、あの爆発をさえぎってあげたとこで――ああ、そうか……とんでもない情がわいちゃったみたいだね。ふふっ。まったく、キミといて退屈したためしがないよ」
象山も変わり果てた亡骸に目を落とし、口元を淫靡に歪めた。
「残念だったな、喜多村多聞。その命を賭してでも守ろうとした弟子は、地獄を見ることになるであろう。あれのことだ、自ら死地に飛び込んでくるやもしれぬぞ。まあこれが運命だとすれば、俺と雌雄を決するのは必然の結末か」
「……ふーん。なんだか確証があるような言いぶりだね」
「まあ――信雄(かれ)は甘ちゃんだからな」
「へぇ。ま、そっちは任せるよ。ボクが用のあるのは彼の中身のほうなんでね。っと、その前に。この隠そうともしない闘気――彼もしつこいねぇ……ボクが見てる相手は、もう人間なんかじゃないってのにさー」
呆れたように呟いて、彼は煙管をしまう。
「ま、本命との決戦のウォーミングアップも兼ねて、ちょっと行ってくるよー。腐っても元五位だし、ボクが出ない限り止まらないだろうからね。どうせヘルシャフトの雑魚たちはもう消しちゃったんでしょ? 彼も部下のとこに葬(おく)ってあげなきゃね」
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