† 十三の罪――崩壊への序曲(弌)
小学何年の頃だろうか。兄貴がいきなり墓参りに行こうなんて言い出したことがあった。夏も終わりだというのに、猛烈に暑かったことは覚えている。
「大陸での戦争に日本も加わるってホントなのかなー? ひいじいちゃんが生きてたら、なんて言ったんだろ。戦争、行ったんでしょ」
「駆逐艦の乗組員だったからね。南方の最前線で戦っていたらしいよ。味方を守るために、無我夢中で敵を殺したんだって。でも、戦闘が終われば敵味方なんて問わず生存者を救助した。人種など関係なしに、一人でも多く守りたかったそうだよ」
汗を拭いて、兄貴は答えた。
「爺さんが言っていた。彼は戦争をなくすために、戦争へ行ったんだと――願わくは、この戦争を最後に、二度と戦争が起きない世の中になりますようにと」
「ふーん。でも人殺しはいけないことだよね。ダメなものはダメって、先生いつも言うよ」
「……力以外で平和をもたらすのは難しい。兄ちゃんだって信雄ぐらいの頃は、人を護れる大人になろうと思っていたさ。けど今の世界では、力ってお金のことだと知った。そして、力なき者が生き残るためには、他の人と上手く付き合うしかないってことも。だから兄ちゃんは十代の頃から色んな会社を経営して勉強しながら、世界の動きも調べたよ。ちなみに、日本が戦争に向かっているのは本当だ。生天目さんはイギリスと組む道を選んだからね。それが正しかったのかどうかは、ずっと後の人間が判断することだ。ただ、話し合いで解決するための外交なのに、やり方によっては殴り合いに近づくこともあるということを知っておいて損はないよ。ちょっと難しかったかな?」
照りつける太陽も味方にしたかのような爽やかさで、彼ははにかむ。
「だから――兄ちゃんは外交官、になるの?」
ニュースで聞いたばかりの単語を使って、俺は質問した。
「……あ、父さんにお土産買ってってあげよう! ほら信雄、試食は得意分野だろ?」
教えてくれずに、店内へ入っていってしまったが、兄貴が一瞬、寂しそうな表情をしていた気がする。
† † † † † † †
「多聞さん、どうしているかな?」
九死に一生を得たというのに、三条の顔は晴れない。
「さあな。戻るときの並々ならぬ覚悟はあの人も戦うつもりに見えたけど。そういうあんたは大丈夫なのか?」
「もう平気だって言ったでしょ。だからきみは人のことより――」
「自分の心配も、おまえの心配もする。それじゃダメか?」
「だめじゃ……ない、けど…………」
目を伏せて、小さくしぼむ彼女。
「……コホン――――」
咳ばらいに振り返ると、ばつの悪そうにベルゼブブが俺たちを凝視していた。
「たもんまるの去った方角から、大規模な魔術行使の波動があった。厳重な障壁で閉ざしておったみたいじゃが、悪魔の勘は誤魔化せぬ」
「勘かよ」
「ベリアル、なの?」
「あれほどの出力――ご主人さまと吾輩がここにおる以上、おそらくはあやつのしわざじゃろう。波長からして、攻撃だな。よほどしぶとい相手だったようじゃが、ある時を境にすっかりとぎれた」
「戦闘が終わったっつーことか」
「……あやつが敵を倒しきったのか、もしくは信じがたいが、敗れたのか――あの公爵にこれほどの魔力を使わせる相手とあらば、その両方もありうるやもしれぬな」
「ベリアルが相手じゃさすがの多聞さんでも…………」
「もう朝焼けっつーことは、遅めに見積もっても多聞さんが到着してから半日は経って――――」
そこまで口にして、目を瞠る。
「朝焼けなんかじゃ――――」
林原が日没と共に出て行ってから、まだ数時間だろうか。時計はとっくにやられちまったし、居場所を特定されないよう通信機も捨てたので、細かい時間は分からないが、夜明けには早いはずだ。
「東京が、燃えてる…………」