† 十三の罪――崩壊への序曲(弐)
「朝焼けなんかじゃ――――」
林原が日没と共に出て行ってから、まだ数時間だろうか。時計はとっくにやられちまったし、居場所を特定されないよう通信機も捨てたので、細かい時間は分からないが、夜明けには早いはずだ。
「東京が、燃えてる…………」
受け止めきれない現実を、三条が代弁する。
「……まさか包帯のヤツ、もう動きやがったか!? いや、林原は茅原と決着つけに行くような口ぶりだった――林原のおっさん、やられたのか? 茅原の手が空いたんなら、打って出てもおかしくねぇ!」
朱くにじんだ空は、東京湾のときと違い、完全に市街地がある方向だ。
(……また、なのか――――)
また俺は、罪のない人間が理不尽な目にあうのを見過ごすのか。
あのときは弱すぎた。あまりに無力で、何もできずに終わってしまった。だから、俺は奇跡に手を伸ばしたんだ。届かない奇跡をつかむために――――
(そのために俺は、人間の有限(あかし)を捨てたんだ……!)
今は妖屠になった上に、最強の悪魔が味方してくれている。迷う余地はないし、許されない。
「桜花! 考えごとは後だ。敵の現状確認と市民の安全確保が急務と提案する」
「あちらの手の内も知らぬのにか?」
眉をひそめるベルゼブブ。
「明日になったからって弱るような相手でもねーだろ。ここで悩んでる間にも、犠牲者が出るかもしんねーんだ……俺たちにやれることを全力でやる。理由なんて、後付けでいいだろが」
三条桜花は静かに、しかし、力強く拳を握る。
「……そうだよね。逃げてちゃ進めないもんね――これより、現場に急行する!」
その瞳には、確固とした意志が宿っていた。
† † † † † † †
「どうしてそんなに強いの?」
年端もいかぬ少女は、純朴なまなざしで彼を見上げる。
「どうしてそんなに――かなしい目をしてるの?」
その問いに、自嘲するかのような笑みを浮かべる大男。
「……平和のために戦っている身でありながら、平和になったら存在する価値を失ってしまう。僕たちは自分で自分の首を絞める囚人だ。裁かれることなく生き続ける、なんていう裁きを下され、この手で奪ってきた命を悔みながら過ごす、脱殻(いつわり)の勝者」
「じゃあにげようよ。たもんまるが戦わなくたって――」
「逃げた先にあるのは楽園なんかじゃない。そこもまた、地獄に変わるだけだ。こんな空っぽの人間に拾われて君も生き地獄かもしれないけど、僕はもう逃げない。君を守るために、前を向いて生きると決めたんだ。もう桜花に、二度とあんな怖い想いはさせないよ」
(多聞さん……ぼくも生きる意味を見つけました。せっかく助けていただいたのに、無下にしてすみません。でも、ぼくの進む道は――前にしかないんです)
二人の駆ける街は、眼に映る存在すべてが紅焔(あか)に染められていた。
そう――そこはまさに、この世の煉獄。
そこからは、生が消えていた。ただ、ひたすらに死が覆い尽くしていた。虚空(そら)を覆うは、太陽をも灼き尽くさんとす終焉の業火。あまねく生きとし生ける者に、最期を告げる狼煙。
それは、滅びなどという言葉では表せない、概念すら滅し果たした破壊であった。
「おかしい……明け方の二十三区内なのに、こんなめちゃくちゃになってだれも騒いでないなんて」
死体すら見当たらない廃墟と化した住宅街に、彼らは困惑を隠せない。
「……かと言って無機質な破壊でもねえ。人が出て来ないっつーより、すでに人の命が意図的につみ取られてやがる。それに、このどす黒い残滓――やっぱ連中が絡んでんな」
悪魔も怪魔も、人間を喰らい、その精神を糧とする。その本質を極めた魔王剣を借り受けた信雄が見逃すはずない。
「ご明察」
悪意の塊とも言うべき粘着質の囁きが、静まりかえった街頭に響く。
「!? おま……ッ!」