† 十三の罪――崩壊への序曲(参)
「おかしい……明け方の二十三区内なのに、こんなめちゃくちゃになってだれも騒いでないなんて」
死体すら見当たらない廃墟と化した住宅街に、彼らは困惑を隠せない。
「……かと言って無機質な破壊でもねえ。人が出て来ないっつーより、すでに人の命が意図的につみ取られてやがる。それに、このどす黒い残滓――やっぱ連中が絡んでんな」
悪魔も怪魔も、人間を喰らい、その精神を糧とする。その本質を極めた魔王剣を借り受けた信雄が見逃すはずない。
「ご明察」
悪意の塊とも言うべき粘着質の囁きが、静まりかえった街頭に響く。
「!? おま……ッ!」
振り向きざまに飛び退いて、距離をとる二人。
「待て。こういうヤツは喋らせたほうがいい。どうせ本人は別のとこにいんだろ」
デスペルタルを構える桜花を、信雄が制した。
「怪魔を用いたダミーと視抜くとは……さすがは魔王を宿せし男」
「ほら、案の定もう引っかかっただろ? ま、お見通しなのはお互い様ってわけか。で、んな回りくどい真似して本題はなんだ」
「アダマース日本支部は、この象山紀章の預かりとなった。これより我等は、その武力をもって国家を一新。全世界を掌握し、真なる平和をもたらす一大計画の実行に着手する」
象山の姿をしたそれは、本物と違わぬ淫靡さで応じる。
「そんなことをして、本部が黙っていると――」
「怪魔を討つ任務も、人間の繁栄を脅かす邪魔者を滅するが為。戦争を終わらせるための戦争はその意に反さぬ。景気回復の最も手早い手段も戦争であると、この十年で実証されたではないか。既に政府関係者も大半が是認した。クローバーは若葉の時にできた傷から四つ葉に成長する、と聞いたことはあるかね? その先にある幸福(みらい)と安定(へいわ)を掴む為には、私は持てる力の凡てを用い、蹂躙するまで」
彼女を嘲るように、言い放つ虚像。
「そうかい。で、俺らに用があるから来たんだろ? まさかただの嫌がらせでもねーよな。こちとら最上級の悪魔との契約を乗り越えてきてんだ。悪いが、絶望した顔が見られると思ったら大間違いだぜ」
「沢城、喜多村、林原。いずれも死んだ。今や貴殿らの勝機は無きに等しい。我が麾下、無限の軍勢が直に凡てを呑み込む。怪魔を統べし存在がいかに手に負えぬか、理解らぬ頭ではあるまい。人間の最多死因は何か存じているだろう?」
信雄は眉間にしわを寄せ、睥睨する。
「中絶、とか……? 何が言いてーんだ?」
「溺死だよ。なれど、冷静に考えてみろ。二十一世紀に入って四半世紀、いまだに溺れ死ぬ者がそこまでいると思うか? いい顔だ。そう――自由に行動していた頃でさえ、あれほどの被害を彼等は齎し続けてきた。貴殿らも体感した筈だが?」
「……六本木でのあれも、すべてあんたが仕組んでたっつーことか」
「人聞きが悪いな。六本木も東京湾も、試運転に過ぎない。秘密兵器(いとしご)の出来も、支配者層の反応も上々だ。さあ、緑川信雄よ。師の後を追い、ここで無駄死にするか? 人並の判断をなせる理性が残っているのであれば、我等の元に降(くだ)れ。貴殿の望む、誰も理不尽に奪われぬ、殺されぬ世界が待っているぞ――屍の山の先にな。フフフ……一滴の血も流れることなく、何人も血を流さぬ世を築く等――」
「……悪かった、三条」
現身が嗤い終わるより早く、信雄は一刀両断に斬り捨てた。
「こいつと交わすのは――刃だけで十分だ」
彼が得物を納めると、象山を成していた幻影は霧散する。
「……多聞さん…………」
茫然と立ち尽くしている桜花。どう声をかけたものか、信雄が迷っていると――――
「だ、誰だ……!?」