† 十五の罪――見えない星(肆)

「うぉおおおおおァああ……ッ!」
 ひときわ大振りに撃ち込む信雄。

 すれ違いざまに、甲高い金属音が響き渡った。
「これが現実。君が埋めきれずに終わった、僕との差だよ」
 倒れ込んだ彼の横に転がる静物に、誰もが目を疑う。
「そんな――デスペルタルが、折れ……た……?」
 ただ一人、多聞を除いて。

「緑川さん…………」
 部下たちのまなざしが絶望に染められてゆく中、桜花だけは現実に抗うように拳を握る。
「実体化したデスペルタルが砕かれた――つまり、魔力を断たれた、ってこと……?」

 地に伏したままの信雄へと、にじり寄る多聞。
「緑川くん……残念だったね。でも、これで――――」
 面前に現れた乱入者に、彼は呼びかけごと遮られる。

「……桜……花……?」
 微かに双唇を震わせ、信雄が呻いた。
「なにのつもりか知らないけどさ、邪魔なんだよねー」
 行く手を阻む少女に、多聞は警告する。

「邪魔――してるんです」



 男は前のめりに倒れ、動かない。
「こ……こ……まで……か――――」
 まぶたを閉じたまま、敵勢の動向に神経を集中させる。
(……さあ、確認しに来い……! そのジャングルから出るんだ)

 民兵たちが死体を検めようと、顔を覗かせようとした刹那――――
「たもんまるっ!」
 一人の少女が飛び出したと思いきや、横たわる彼に駆け寄る。
「なっ――ばかが!」


 岩に腰かけて、溜息混じりに、紫煙を吐き出す多聞。
「……なんで隠れてなかった」
「だいじょうぶ……? 痛かったでしょ?」
 彼女は問いに構うことなく、不安気に見上げる。
「あれ? たもんまる、けがしてない……よかった――――」
「……よくねーよ」
 多聞は低く呟いて銃を置き、振り向くと――――

「――――ッ!」
 乾いた音と共に、茂みに転がる少女。
「痛いに決まってる…………」
 慌ててか細い身体を抱き起こすと、そう彼は小声で口にする。

「君を失うほうが――痛いに決まってるだろ」
 抱き締めながら、絞り出す答えは、震えていた。

「ごめんな。君を守るための手なのに……ただ、あぶないところだったんだってわかってほしくて――子どもがいたことなくてさ。親心の匙加減もわかんないんだ」
 多聞が目を落とす手の平に、彼女は小さな手を重ねる。
「お父さんは今までもこれからも一人だけ。たもんまるをそうは思えない。あなたは親代わりじゃなくてヒーローだもの。あなたがどれだけ手を血に染めてきたとしても、どれだけ傷だらけになったとしても、わたしにとっては強くて優しい――ヒーローのあたたかい手なの」

 大男は照れ笑いを浮かべ、少女の頭を撫でた。
「そっか……じゃあヒーローらしく、これからも君を守らなきゃね」

 しかし、彼らの関係は、ほどなく終わりを迎える。


 その日も、寒い冬のことだった。

「本当に良いんじゃな? 多聞丸」
 玄関先の教え子を、老人はまじまじと覗き込む。
「ええ。組織(ちか)にいれば、来たる戦の喧噪とも無縁でいられるでしょう。沢城さん、すみませんが彼女をお願いします」
 軍人らしい礼に、ゆっくりと頷く沢城是清。
「うむ……それで後顧の憂いなく大陸に赴けるのであれば、良いじゃろう。心配はいらぬ。存分に暴れて来い、少佐」

 気配を察したのか、奥から顔を出した彼女に、顔を上げた多聞は視線を移す。目が合っても、少女は口を閉ざしたままだ。
「ごめんな。無責任だとはわかってる……でも、君を守るには、これが一番なんだ」
 困ったように半笑いで言い残し、彼は立ち去る。

「あやまらないで。多聞丸が信じる道に、ぼくの信じてきた多聞丸に、失礼なことしないで……ぼくの唯一の友だちも、あやまるのはまちがってたヤツだけでいいって言ってたもん」

 その背中へ、最後に彼女は――――

LucifeR
この作品の作者

LucifeR

作品目次
作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov143670702796232","category":["cat0001","cat0009","cat0011","cat0012","cat0015","cat0016","cat0018"],"title":"\u660f\u304d\u9ece\u852d\uff08\u308c\u3044\u3093\uff09\u306e\u9250\u773c\u53db\u5f92\uff08\u30b0\u30e9\u30c7\u30a3\u30a2\u30fc\u30c8\u30eb\uff09","copy":"\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u305d\u306e\u65e5\u3001\u4ffa\u306f\u6709\u9650\uff08\u3044\u306e\u3061\uff09\u3092\u5931\u3063\u305f\u2015\u2015\u2015\u2015\n\n\n\u3000\u6587\u660e\u306e\u767a\u9054\u3057\u305f\u73fe\u4ee3\u793e\u4f1a\u3067\u306f\u3042\u308b\u304c\u3001\u89e3\u660e\u3067\u304d\u306a\u3044\u4e8b\u4ef6\u306f\u4eca\u306a\u304a\u591a\u3044\u3002\u305d\u308c\u3082\u305d\u306e\u7b48\u3001\u3053\u308c\u3089\u3092\u5f15\u304d\u8d77\u3053\u3059\u5b58\u5728\u306f\u3001\u307b\u3068\u3093\u3069\u306e\u4eba\u9593\u306b\u306f\u8a8d\u8b58\u3067\u304d\u306a\u3044\u306e\u3060\u3002\n\u3000\u5f7c\u3089\u602a\u9b54\uff08\u30de\u30ec\u30d5\u30a3\u30af\u30b9\uff09\u306f\u3001\u53e4\u3088\u308a\u4eba\u77e5\u308c\u305a\u707d\u3044\u3092\u751f\u307f\u51fa\u3057\u3066\u304d\u305f\u3002\n\n\u3000\u6642\u306f2026\u5e74\u3002\u3053\u308c\u306f\u3001\u793e\u4f1a\u306e\u6697\u90e8\uff08\u304b\u3052\uff09\u3067\u95c7\u306e\u6355\u98df\u8005\u3092\u8a0e\u3064\u3001\u5996\u5c60\u305f\u3061\u306e\u7269\u8a9e\u3067\u3042\u308b\u3002\n\n\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000\u3000","color":"darkorchid"}