† 十六の罪――父の手(弌)
「ごめんな。無責任だとはわかってる……でも、君を守るには、これが一番なんだ」
困ったように半笑いで言い残し、彼は立ち去る。
「あやまらないで。多聞丸が信じる道に、ぼくの信じてきた多聞丸に、失礼なことしないで……ぼくの唯一の友だちも、あやまるのはまちがってたヤツだけでいいって言ってたもん」
その背中へ、最後に彼女は――――
「……さようなら、ヒーロー」
と、告げた。
「君にこんな思いをさせてしまうのは、僕の力が足りないからだ……僕を恨め――最後まで、こんなことしか言ってあげられないような僕を」
僅かに振り返る長身。
「そして、だれかを寂しい目にあわせたくないと感じるなら、そばで守れるだけ強くなれ」
そう自分に言い聞かせるように語る多聞の横顔は、夜の闇に霞んでいた。
「……ばかだなあ、多聞丸。いつまで子どもだと思ってるんだか」
部屋に戻る道、少女は独白する。
「ものごとは最終的な結果としてしか残らないって、多聞丸いつか言ってたけど、別れぎわにあんなこと言って憎めるほど、軽い日々だったなんて思ってるなら、いつか――いつか後悔させてやるんだから…………」
廊下を歩きながら、吐露する想いは、震えていた。
「もう――見てられないよ」
多聞は生気が感じられない双眸で、立ち塞がる桜花を見つめ返す。
超常たる破壊者を前にしても、退かない度胸。揺らぐことなき止めようとする意志。強くなった彼女が、そこにはいた。
「痛くないの……?」
悲しげな瞳で、少女は問いかける。
「痛いのは彼のほうだろう」
「そうじゃなくて、ヒーローがこんなの……似合わないよ」
桜花の物言いが無稽としか感じられないというような、彼の面持ち。
「フフ、こんな姿のヒーローがいてたまるか。どう見ても悪役じゃないか」
「ちがう。見た目は関係ない。それも、忘れちゃったの……?」
首を振り、必死に訴えかける彼女の前に、信雄が歩み出た。
「桜花――ありがとな。そしてすまねーが、どいてくれ」
その目からは、いまだ闘志が消えていない。
「ったく、君たちはそろいもそろって…………」
多聞は、無表情で見下ろす。
「その剣でまだやるつもりかい? デスペルタルを失った妖屠になにができる? 次の一撃で終わるよ」
彼の言うように、もし受けられたとしても、その得物では反撃に転じることも敵わない。
「終わるのは、どっちかな……ッ!」
腰を沈めたのは、双方ほぼ同時。
「信雄っ!」
多聞の刃と、桜花の悲鳴が宙を切り裂く。
確かに、信雄(かれ)の得物では、反撃はできなかった。
しかし――――
「ああ。あんたの言った通り、この剣じゃ無理だったな」
少年が持っていたのは、埋まらない差を埋める一手。
「……フッ」
雨音が支配した戦場に、微かな小声が漏れる。
信雄の右手にあったデスペルタルは今や完全に砕け散り、間一髪で追撃より先に、左手に拾った多聞の鞘が装甲の隙間を穿っていた。彼の一打がめり込んだ箇所から術式に乱れが生じ、巨体は動きを止めている。
「まったく……君には毎度驚かされるよ。けど惜しむらくは――その剣技をもう見れないことか」
背中合わせのまま、立ち尽くしている両者。
「己を知り、敵を知り、勝機を知る。俺の師が教えてくれたことです」
「……一人前な口を叩くようになっちゃって。まあいいさ。君はもう一人前なんだから」
多聞の刀が重々しい音を立て、大地に転がった。
「成長した弟子の強さを見ることができたのはなによりだ。君たち危なっかしいからさ、死んでも死にきれなくてね」
「あんた――そのためにこんな身体になってまで……!?」
見開いた目で、信雄は振り向く。
「ぶっちゃけ世界なんてこの歳になるとどうでもいいわ。ま、そんな世界でも救おうだなんて夢見ちゃうかわいい弟子のためだ。身体のひとつぐらい、なにを惜しむ」
歯を軋ませ、縋りつく彼だが、師は力なく笑うだけだった。
「なあ、嘘だろ……また元の身体に戻れんだろ? 実は嘘でーすって言ってくれよ。いつもみたいに――――」