† 十七の罪――ともだち(弐)
「つれないな。せっかく最大限にもてなそうっていうのによ」
大袈裟に嘆息をつくと、魔法陣を足下に具現させる茅原。
「なっ……!?」
突如として生じたのは、五臓六腑を揺さぶるほどの地鳴り。
「地震だぞ!」
ベルゼブブが、轟音に後れをとらない大声を上げた。
「言わなくても分かってるっつーの」
一帯は脈動し、土煙が視界を支配する。
そして、眼前が晴れ渡ったとき――――
「これは、神殿……?」
緑黄色野菜の描かれた壁は、誰もが目を疑う、古の城塞さながらに様変わりしていた。
「地下にんなもんを隠してたとは、ずいぶんと手の込んだ計画的犯行じゃねーか」
「ああっ、あれを……!」
吃驚して、一人が指さす。
「あれだのなんかだの、曖昧な報告で混乱させないよういつも注意してるでしょ――って……ええええッ!? どういうこと、あれ……まさか、ソロモン七十二柱……!?」
おぞましい影が、全貌を現した巨大な祭壇の至る所に舞い降りていた。それも、怪魔の大群みたいに数ばかり寄せ集めた、という訳ではない。そのひとつずつが、神代の絶技を挨拶代わりに出してくるような大物だと、直感で見てとれた。
「……アスモデウス、アシュタロト、エリゴス――そちら……またも人間にくっしおったか!?」
「やっぱベリアルの件もあんたら最初から仕組んでやがった訳か。組織のトップっつーのは、人間を指揮するよりポーカーフェイスが上手くなきゃ務まらねーもんなんですかね」
気怠そうな目つきで、こちらを一瞥する茅原。
「正義の為には汚い手段だろうが厭わないのは、上に立つ者の条件だろう」
「人の血で塗れた手に掴み取った正義とやらがそんな綺麗なものであるかのような顔で語っちゃうとは、どこまでも面の皮が厚い連中だな。自分から正義って掲げるヤツがうさんくさくなかったことなんて、古今東西ねーだろが。戦争なんて、いつの世も正義の名の元におっぱじめられてきたって歴史の授業で気づかなかったのか、とっつぁん坊や」
最後の一言に、一瞬だけ眉を強張らせたかに見えたが、呆れたように彼は続ける。
「ならば戦争を起こせばいいだけの話だ。あらゆる戦争を終わらせる為のな」
「争いは生き物の本質だし、それが消えた先に残ってるとしたら無人の地球じゃねーのか」
溜息をつくと茅原は、煙管を口に含んだ。ゆっくりと吐き出され、流れた煙が溶けてゆく。
「青二才と議論するつもりは無い。言っただろう、俺がやり合うのはそこの堕天使だと」
「……あんた、どうしてそこまでルシファー(こいつ)を――」
「許せないだけだ。俺たちがどれだけの覚悟と努力と絶望の末に、人間であることを捨てたか想像もできんような、生まれもって超常の到達者な天使様がよ」
刺すような眼光で、武人は言い放った。
「一つ。余からも問うが、貴様程の手練が何故斯様な男の夢物語に助勢する?」
一切の反応を見せていなかったルシファーが、ふと沈黙を破る。
「……友達だから」
彼は静かに、しかし、決然と答えた。
「友達だから……友達と、その夢を守りたいんだ――――」
狂気じみた目力で、喉を震わせ、茅原は呟く。
「世界でたった一人の友達と交わした約束を、邪魔されてたまるか…………」
悪魔たちが意識をこちらに向け始めたようだ。本能的な悪寒が警鐘を鳴らしている。
「そういうことだ。まずは豪華なゲストの皆さんに、邪魔者を排除していただこう!」
茅原が告げると、一斉に彼らは魔力を迸らせた。
「くっそ……もう退魔は勘弁してくれ」
人間のスピードでは勝負にもならないだろう。両足に魔法陣を展開する。
「……やるしかないみたいだね」
三条も覚悟を決めたように、魔槍(デスペルタル)を構えた。彼女も消耗してはいるが、得物があるだけ心強い。
だが――――
「否、然に及ばず。余のみで事足りる」
おもむろに歩み出たルシファーに、後ろ背で制された。
「……ここはあんたに任せる。奥(あっち)も一騎討ちで白黒つけたがってるみてーだし」
俺は、象山の気配がある神殿中枢を睨む。
「心得た。然れど、窮地に陥りし刻は余を喚(よ)ぶが良い」
「過保護なのか余裕なのかよく分かんねー魔王様だなー。まあマジでヤバい時は呼ぶかもしんねーけど」
微かに表情を崩し、外套を翻すルシファー。
「戯け。ソロモン如きに御されし小兵が如何に集まれど、所詮余には浜の砂に過ぎぬ。お前も心行く迄暴れて来るとせよ」
背中越しに促され、俺たちは先を急ぐ。