† 十七の罪――ともだち(参)
「心得た。然れど、窮地に陥りし刻は余を喚(よ)ぶが良い」
「過保護なのか余裕なのかよく分かんねー魔王様だなー。まあマジでヤバい時は呼ぶかもしんねーけど」
微かに表情を崩し、外套を翻すルシファー。
「戯け。ソロモン如きに御されし小兵が如何に集まれど、所詮余には浜の砂に過ぎぬ。お前も心行く迄暴れて来るとせよ」
背中越しに促され、俺たちは先を急ぐ。
「ご主人さま! かような裏切り者なぞ吾輩が――」
「不忠者は手ずから裁くまで。お前は其処な娘を護るが良い」
敵影を見据えたまま腹心の進言に彼が返す言葉には、一切の迷いがない。
「して、貴様ら闇の眷属よ。古の天地に己が名を轟かせた矜持、尚も尽きぬとあらば、此の身に示すとせよ……!」
魔王は圧倒的な多勢を前に、微塵の躊躇もなく鉾を現出させた。いつも通り自信しか見受けられない後ろ姿だが、ベルゼブブが大人しく引き下がったことから、強がっているという訳ではないだろう。
いずれにせよ――ここがじきに、文字通りの地獄と化すことだけは、少なくとも確かだった。
「……どうなっちゃうんだろうね…………」
クモの巣さながらに張り巡らされた回廊を回っている間も、三条の顔からは曇りが消えない。
内部は光源がないのに薄明るく、数メートル幅の通路がひたすら迷宮をなしているだけの光景に、気が遠くなりそうだった。
「何が?」
「ぼくたちも、この国も、人々の未来も――――」
「知らねーよ。今はやることやるだけだ。やらずに後悔しながら死んだら成仏できる気がしなくてよ」
大きな目で彼女は、じっと見つめてくる。
「……きれいにかたづいたらさ、信雄はどうするの?」
「んなもん終わってから考えりゃいいさ」
「つまり、終わらせて世界を救える確証がないってこと……? もうわかってると思うけど、この魔力……やはり象山(かれ)は人間じゃない」
これほどの大規模な異界。魔術型の妖屠でも、容易く構築できるような代物ではないことぐらいは見てとれた。
「最初から期待してなんかいねーよ。まあアレだ。上手くいきゃラッキーだな程度さ。こんな十代のガキに救えちゃうようなら世界を疑うわ」
「それでも――それでも、救おうとするんでしょ……?」
「つまり、終わらせて世界を救える確証がないってこと……? もうわかってると思うけど、この魔力……やはり象山(かれ)は人間じゃない」
これほどの大規模な異界。魔術型の妖屠でも、容易く構築できるような代物ではないことぐらいは見てとれた。
「最初から期待してなんかいねーよ。まあアレだ。上手くいきゃラッキーだな程度さ。こんな十代のガキに救えちゃうようなら世界を疑うわ」
「それでも――それでも、救おうとするんでしょ……?」
三条の瞳が、遠慮がちに覗き込んでくる。
「空に届かねーからって諦めてたら、人間は離陸を知らなかった。二兎追う者は一兎も得ずっつーが、ありゃウソだ。そういうこと言うヤツが一兎も追わねー言い訳にしてるだけさ。本気が足りねーだけだよ、本気になれるヤツは何兎だって追い続ける」
「まったく、ほんと夢追い人なんだから……まあそういうとこ、きらいじゃないけど」
小声になって俯く彼女は、微笑しているようだ。しゅんとしているときと違い、ほんのりと頬が緩んでいる。
「だろ? 好きになってもいいぜ。ほら、もっとデカい声で俺を賛美――」
「ば……ッ、それとこれとは別――でもないけど、そのぅ、えっと…………あー! もうやっぱきらい!」
デカい声で批難されてしまった。
「……コホン。しっかし、これほど進もうと、いまだ波動に変化がないとはのう」
咳払いを皮切りに、ベルゼブブが口にする。
「空間ねじ曲げてつくられた迷宮っつーことは、あっちのさじ加減に委ねられてんだろ。ま、どう好意的に解釈しても、倉庫の地下にんなスペースねーもんな。あー、どこまで行ってもこの調子なんて新手の嫌がらせかよ」
「ラービリンスッ、ラッラッラ、ラービリンス」
この蝿っ子は自分から話し始めといて、もう聞いてない。それはそうと、腹の立つ歌だ。
「うるさい」
「ふぐぅ…………」
あまりの音痴っぷりにより平生に引き戻されたらしい我らが隊長の一声によって、ラビリンス音頭は鎮圧させられた。
「……アダマースの地下で見たのを発展させた感じだけど……不思議なのは、こんなに力入れて準備してたのに、なんで最初わざわざ東の果てに陣どったのかな」