† 十八の罪――地獄元帥(伍)
「まったく、少しは成長したと思ったやさきにこれとは……先が思いやられる。核がわからぬ? ならば、まるごとやきつくすしかなかろう」
「君だって、今の状態じゃ――」
「そちといっしょにするな、小娘が! 吾輩が地獄元帥だとゆうことをわすれたか」
見違えるようなオーラを具現化したかの如く、その小さい身体が猛烈な高温を発しだした。
「ベルゼブブ、なにを……?」
「すこしは役に立つのじゃ、公爵――――」
ゆらめく紅焔を身に纏い、彼女は呟く。
「そ、それは……ッ!?」
「吾輩の知るかぎりもっとも熱い炎だが、それがいかがした?」
ベリアルさながらに劫火をたぎらせた姿。動揺を隠せない相棒に、毅然として、しかし優しくベルゼブブは告げた。
「……契約が切れた今、きみは自分の魔力を消耗してるんでしょ――そんな大技を使ったら、もう消えちゃうんじゃないの? 先が思いやられるって、言ったそばから……! そんな……いやだよ…………」
「だいじょうぶじゃ」
柄を握り締めたまま震える桜花の拳に、小さな手を重ねて囁く。
「うそじゃないよね……?」
「フン、吾輩は地獄元帥じゃからな!」
火勢が増してゆくが、本人と違って戦車を持たぬベルゼブブは、最大速で自ら突撃する他ない。
「……だいじょうぶじゃよ」
念を押すように呼びかけると、彼女は目つきを一変させ、禁忌の詩(うた)を口にした。
「嗚呼、そこに神はいない。
烈火が汝等を冥府へと葬(おく)ろう。
灼熱の日輪をも灼(や)き尽くす魔炎にて、等しく灰に還らんことを――――」
吹き荒ぶ暴風に、桜花は尻餅をつく。
「ベルゼ……ブブ……?」
立ち上がる間もなく、怒濤の如く溢れ出る烈火で、彼女の視界は紅蓮に支配された。
「ご主人さま、次のいくさ、吾輩が大将でほんとうによろしいのか?」
幾世を超える昔。あるとき、彼女は尋ねた。
「先鋒にミカエル、総督はベルゼブブと先の軍議にて決まったであろう。此度の屠竜戰役は、竜族と我等天界が雌雄を決し、世に平安を齎さんが為。余は来たる一戰を以て彼奴等を絶ち、あらゆる戰を無き物とする。其の将とあらば、お前の他に何人が務まろう」
ベルゼブブの顔に一瞬、光がさしたが、たちまち曇ってしまう。
「ご主人さまのおきもちは嬉しい。だが、吾輩にましゃる者があらわれたら――――」
呆れたような半笑いを浮かべ、向き直るルシファー。
「戯言をぬかすでない。お前程強き者等、然う然う見合う訳が無かろう。然れば其の武を以て、存分に今後も活躍し給え。此の大天使長が見込みし熾天使よ」
彼女は目に涙を溜め、大きく頷いた。
(……ご主人さま、ぞんがいに人間とやらもおもしろうござった。うつしよもなかなか、わるくない)
全身を燃えたぎらせ、ベルゼブブは自嘲する。
「今、ここに放つは絶速の一撃。
必中 必殺 必滅。
この身、一筋の閃光となれ――――」
そして、詠唱を紡ぎ終えると、
(桜花、そちは生きぬくのじゃぞ…………)
火の玉と化した彼女は、
「煉獄の業火を纏いし一閃(パガトリグナス・ツォライケンス)……!」
一直線に標的へと驀進した。