† 十九の罪――禁じられた呪い(参)
「この世が残酷なのは不変の理だ。お前は自分を変えることで世界も変えようと望む、めでたくも哀れな若者――そう、私は未来のお前だよ」
信雄は魔力をさらに上昇させ、
「そうかい――――」
と答え、眼帯を外した。
「なら、ちょうどいい……!」
ほぼ同時に解き放たれた象山の魔力とぶつかり合い、爆発的な勢いで結界を食い破って、神殿を揺るがしながら波動が拡散する。
兄弟は大口を開けた裂け目から屋上へと飛び移り、迸る魔力で互いに竜巻を生じさせて向かい合った。
「ルシファー(あいつ)は、変わりゆく時を不変の身体で生き続ける咎を課すだかなんだかって言った。不死身かはともかく、肉体が無理した分を精神に肩代わりさせられてるらしい。不思議だろ、ここ何日もまともに寝ずに戦い続けてんだぜ。もはや人間でもなんでもねーよ。人間やめちまった同士、思う存分やり合おうじゃねーか」
荒れ果てた城塞の傍らで、相対する超越者二人。
「終わりってのは名残惜しいほうがいい――――」
血染めのジャケットを靡かせ、茅原が語りかける。
「楽しかったぜ、魔王」
彼は不敵な笑みを送ると、構え直した。
「お前と気が合うとは奇遇であるな。余の方もだ」
呼び名を改めたルシファーもまた、魔王剣に紫炎を纏わせる。
「いざ――――」
「参る……ッ!」
彼らが大地を蹴ったのは、同時だった――――
「「うぉおおおおおおお……ッ!」」
斬撃音が、時を同じくして二つ。
両者は背中合わせで静止したまま、微動だにしない。凄まじい踏み込みで抉られた互いの足下から、ゆっくりと土煙だけが流れてゆく。
「……天晴(あっぱ)れ――――」
ルシファーが呟くと、魔力膜ごと裂かれた彼の肩口より、鮮血が滴り落ちた。
「人をやめたと言われるぐらい武術は究めたつもりでいたんだけどね。やっぱ人じゃ魔王には敵わないか」
振り返ることなく、先ほどまでの気迫が嘘のように落ち着いた声で、茅原も微笑する。
「然れど惜しくあったぞ、茅原知盛よ。二度も此の身を脅かしたた事、誇るが良い」
魂喰いの魔剣(グラディウス・レクイエム)を浴びた箇所から透けてゆく彼に、賛辞と別れを告げる魔王。
「そして、良き旅を――――」
彼に慢心はなかった。対象の存在を遡り、そこに生きているという概念ごと斬る魔王剣に、いかなる生物も耐えようがない。
それでも茅原は、
「……さすがは暁の金星。見事な輝き……! ちくしょー、まぶしいなあ。まったく、人間の目には――ちょっとまぶしすぎだよ」
今なお、否定された生命を現世にとどめ続けていた。
(竜族をも消し去るカルタグラの呪詛にさえ抗う程の強化だと……?)
さすがの魔王も目を瞠る。
(畏るべし魔術師よ、象山紀章とやら。何と類稀なる人の――否、世の理を超越(いっし)た秘術……!)
茅原は困ったように、薄れゆく顔に苦笑を浮かべた。
「そんな目で見ないでも、もう反撃する力なんて残ってないよ。魔王(キミ)を通してしまう以上、彼の負けは決まったも同然。だからせめて、死ぬとき……は……一緒に…………」
この間にも、上では自ら構築した結界を崩落させながら、彼の盟友が死闘を繰り広げている。それは登輝(かれ)にとって、限りなく長く、あまりにも短すぎる瞬間であった。
「……ああ、此れは彼奴(あやつ)の妙技等ではなく――執念(おもい)か」
生まれながらの超越者が理解したのは、時間さえも遅らせる意思。
「友達だからね。ボクの存在が否定されても、彼にもらった不老不死まで否定させはしない! 彼の成果は、ボクに託してくれた夢は、こんなところで消えるわけにはいかないんだ……! 行かないと! 緑川くんのとこに、行かないと――――」
そこまでの近くて遠い道のりが、彼には紛れもない永遠である。
「行かない、と……!」
そうしているうちにも、その強固な魂を置き去りにするようにして、無へと還る肉体。ゆっくり、ゆっくりと屋上を目指し、彼は登ってゆく。
(信雄め、独力(ひとり)でも斯様な力を揮うに至ったか)
一方のルシファーも、相方の奮闘する神殿上へと目を移した直後――――
高まり続けた彼らの魔力がひときわ大規模な衝撃を引き起こし、砕け散った壁面と共に少女が吹き飛ばされてきた。