3.特殊捜査係
ネオン街を抜けると、高級車から軽自動車まで様々な車種の乗用車が走る公道に出る。神風隼人と名乗る高身長の特殊捜査係の刑事に連れられ、未成年府警、五井星乃は街中を走っていた。
「あの……どこに連れて行くんですか? 私まだ未成年なんですけど、あと30分したら帰宅しないと」
「署だよ」
神風が走っていた足をわざわざ止めて答えた。誤解は生みたくなかったらしい。
「とりあえず、あんたは魔術師に間接的にとは言え襲われた立場だから、一度うちの班で見てもらった方がいい。だからついてこい」
「そういう口実で……」
第一印象が怪しい男だったためか、五井に疑われ続ける神風。
「そんなんじゃないから安心してくれ。お前は自分で思っている以上に魅力ないから安心しろ」
神風が呆れて言い放った言葉。真顔で表情一つ変わっていない。その言葉に突如顔を赤くする五井。
「そ、そういうことは思ってても言っちゃダメなんですよ! 気にしてるんですから!!」
手を振りほどこうと腕をブンブン振るが、一緒に揺れるだけで離れない神風の骨ばった腕。
「もうすぐそこなんだから黙って付いてこいよ……」
神風は大きなため息を口から出す。
「ちょっと! 隼人先輩!! こんなところで未成年誘拐ですか!? ダメですよ抵抗する未成年との不純異性交遊は!! 全く、警察官なんですからもっとしっかりしてください!!」突如、大声とともに現れた一人の背の低い女性。
「何か大きな勘違いをしている。それより、瀧上、お前が連れているのって……」
「あっ!」五井も驚いた大声をあげた。
瀧上という五井よりも頭一つ分くらい背の低い女性の後ろには、春宮留美がいた。先程五井が助け、更に神風が助けた女性だ。
「全く、私が事件の被害者を署に連れて行ってる時になんてことを……まさかそんなことをする人だったなんて……」
「瀧上、違うぞ」
神風の表情も声色も全く変わらない。誤解をされているにも関わらずやたら落ち着いている。
不本意でこそあるが、瀧上という神風の後輩の発言が、神風隼人が警察官であることの証明となり、五井と春宮はそのまま警視庁第四支部舎に連れてこられた。五井は狐につままれたような感覚になった。
「ただいま戻りました」
第四支部舎の三階に、彼らの職場があった。特殊捜査係と書かれた吊るし板を見て胸躍らせる五井。春宮には別室で待機してもらっている。
「っていうか……本庁勤めってかっこいいですよね! 支部だとしても私憧れているんです! しかも現在の犯罪の6~7割を解決している特殊捜査係だなんて!」
神風の怪しさも相まって、全く彼を信用していなかった五井ではあったが、この支部舎を見て、手のひらを返して興奮している。その態度に、神風は少々苛立ちすら覚えた。
そこにコーヒーカップを持った一人の老人がやってくる。
「ほお……こんな時間に若い女性が二人……」
小心が10と11の間を指す腕時計を見ながら呟く白髪の老人を見て五井は大きく口を開けた。
「こんなおじいちゃんでも……特殊捜査ってできるんだ……」
「失礼言うなよ。この人は10年前に特殊捜査係の前身ができてからずっと勤務している大ベテラン、小野一徳(おの いっとく)さんだ」
神風の言葉に、老人は頭を下げる。
「どうも、小野一徳64歳でございます」
五井からしてみれば年の差46歳。自分の祖父もそれくらいの年齢であった。
「神風、そんなかわいこちゃんがなんでこんなところおるんや?」
関西弁の言葉の軽い男が、神風の前に現れる。
「あ、町田さん」
関西弁の男は、町田裕明(まちだ ひろあき)という名前だ。五井は特殊捜査係に務めるエリートたちを目の前にして目を輝かせる。
「おっ、ワシは町田裕明や。もう30超えたおっさんやけどよろしくな」
握手を求める町田の右手を握り返す五井。相変わらず目は輝いたままである。
「今は町田さんと小野さんと瀧上しかいませんが言わせていただきます。実はこの少女、魔術師に襲われたのに魔創ができていないんです」
神風の言葉の謎を理解できていなかったのは五井だけで、町田も小野も瀧上も目を大きく見開いていた。
まるで、自分が特殊(イレギュラー)であるかのようだった。
「魔創ができてないってことは、その子は襲われとらんのやろ? そーちゃうか?」
町田が五井を指差していう。語彙は指を指された瞬間にアタフタしだす。
「や、それはない。脚に男たちが集っているのを確かに見た」
「お、襲われるってそっちの意味だったんですか……?」
神風の言葉に瀧上が絶句する。五井がすぐさま否定する。
「違います! 春宮さんっていう女性が荷物取られてそれを取り返したら突如として……」
「まあまあ……落ち着きなさいな。襲われたとあ言っても実際に何か傷を受けたとかそういうわけではないんですから。とりあえず五井さん、今回は安心してお帰りくださいな」
紳士的に敬語で話を進める小野、町田が部屋の奥にいた一人の女性を呼び出す。
「おい、高畑! この子、見送りしにいってくれや!」
タバコを灰皿にこねくり回して金髪の女は立ち上がる。
「イヤ。翼にやらせな」
タバコを吸い、ボサボサの金髪という不健康そうな見た目とは裏腹に、きめ細かい肌と筋の通った肌を持っており、その高畑という女性が俗に言う美人であることはわかった。
「あ、あの……」
五井が恐る恐る話しかける。
「何? 翼はあんたの後ろにいるそこの女の人。瀧上翼(たきがみ つばさ)っていうのよ」
ぶっきらぼうに言うと、言葉の続きを待つことなく、座っていたソファーに横になる。五井は渋々振り返ると、その視線の先に、笑顔の瀧上翼がいた。
「まあ、そんなわけで私が送って言ってあげるわ」
小さな体に愛嬌のある笑顔。ボブカットで童顔。この女はモテるな……と思考を巡らせた五井。
「さてと、あらためて自己紹介! 私は瀧上翼! あの金髪の人は高畑洋子(たかはた ようこ)ちゃん! 悪い人じゃないから安心してね!」
瀧上はついでに金髪の女、高畑洋子も紹介し、五井の手を引く。
「じゃ、いこっか、えっと……」
「あ、五井星乃です!」
「星乃ちゃん……いい名前だね。じゃいこっか星乃ちゃん」
名前を聞いたところで瀧上に手を引かれ部屋を出る五井。
すぐにグレーの廊下の突き当たりに出る。
「何やってんだ翼」
背後からの低い声に、瀧上の小さな背中が震える。突然の声に、五井も思わずゆっくりと振り返る。
「……あなたは……」