この世界は或る金科玉条に由って成立し支配されている。それは、僕の頭部を丸々と覆っているヘッドギアの事……。そう、全市民が装着している同一規格の大型ヘッドギアの事だ。
このヘッドギアを自発的に、特に衆目で着脱する事が禁忌とされ、四六時中の装着が義務付けられたのは古代二千年代初頭と歴史的記述が為されている。
―当時の世相は、所謂対人恐怖症、視線恐怖症、醜形恐怖症等の精神的病弊を抱える人間が急増し、人々のコミュニケーション不全が社会問題視すらされる程に民度の衰退が顕著な時代だったと云う。
各種機関は社会全体を侵蝕し行くコミュニケーション不全の原因を究明しようと試みたものの、具体的な根拠や結論は一向に導出されなかった……。
心理学や精神医学は過去を分析、統計する傾向が強い。尚且つ個々の人間に於ける過去、生活環境、人格、因子等から総合的に原因を判断し様とするならば、絶対的且つ普遍的な療法等、基より発見出来る筈も無かったのだ。
結局は効果的な療法が講じられない侭に社会問題は肥大化し続ける。蟄居を生活基盤とする市民が増発して行く状況に難色を示した各種メディアは、当然の如く否定的見解を強調させ市民の更生を煽ろうとした。
しかし悪影響を受けた居食い達が増殖されて行く事態に抑制は効かず……、段々と『働かざる者食うべからず』と言った格言が死語と化して行く。本来ならばいつの時代も、社会的価値観とはメディアの論調に拠って自在に左右される誘導的なものだった。
しかし引篭もりが恥辱とはされず常識的概念として浸透し、情勢はほんの一時代で激変してしまった……。それは、世間がメディアの潮流を一蹴した歴史的転換点となったのだ。
……そして幾許か経ち、社会機能の麻痺を懸念した政府は問題打開の為に自ら神輿を上げた。
政府側はコミュニケーション不全に対する公的見解と打開法案を、大々的にこう発表したと云う。
<……現在 社会全体を閉塞させているニート/引篭もり問題。我々政府はこの社会現象の解決を国家的命題と厳重に捉え、抜本的な改革案の創出を目下急務として進行させている。
では先ず治世を司る政府の見地から、社会機能へ支障を齎している根本的病理、人々のコミュニケーション問題に関して考察したい。……対人恐怖症、視線恐怖症、醜形恐怖症の患者達に取って、恐怖の主因とは素顔に於ける人間との対峙である。
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