外貌を晒す事が他者に取っての第一情報、接触の始点となり、即ちその第一印象に由って人間関係が左右される。その過程で他者から精神的外傷を負わされる可能性も有り得る、と言う悲観的想像力。これが恐怖心の本質なのだ。
精神的外傷の程度は個々に由って大同小異在れど、以前の人間関係に於いて発生した心理的な苦痛。それ等の苦痛の記憶を根拠として事前に自己開示へ抑制を掛けて仕舞い、防御反応の過剰が閉鎖的性向を助長する。
他の要因としては、事故発生率、犯罪率の増加、世界的にもテロや戦争が散発している不穏な世界情勢等が挙げられる。時代の趨勢から来る荒廃に伴い、市井の警戒心が自然と助長されている事は論を待たないだろう。
そんな情勢下に於いて、市民一人一人の人間関係に対する恐怖心、不全は不可避で在るとも考察される……。
―そこで我が政府は一計を案じた。自己不信、対人不信を解決する方策……。それは他者認識、他者評価の因子を根本から排除すれば良いと云う事。
ならば、自己存在証明と成る外貌……。そう、全人民の、一人一人の顔を覆い隠して仕舞えば良い!
其処には一切の差別が存在し得ない。自己存在、自己証明、人種、美醜……、あらゆる評価の基準が白紙へと戻せるのだから……>
公式発表後、程無くして政府内で同一規格ヘッドギアが開発され、全人民に対して一斉支給が行われた。そしてこの世界は、政府管理下に置かれた電脳ヘッドギアを四六時中装着する事が義務化されたのだ。この新法成立は歴史的に電脳仮面制度と呼称される。
若しこの電脳ヘッドギアを他者の面前で着脱し様とすれば、危険信号を受信した警察は直ぐ様現場へ駆け付け当事者を逮捕してしまう。先ずその治安維持の仕組みだが、国民へ支給されたヘッドギア内部には装着者で在る本人の個人情報が詳細に記録されている。そして政府は一手に管掌している電脳ネットワークとヘッドギア内部に於けるGPS機能や映像機能を連動させ、一般市民の行動を常時電子監察しているのだ。
24時間に及ぶ国家的監視の下ではヘッドギアを公的な場所で着脱する行為は愚か、誰もが軽犯罪すら慎む他は無い。……こうして政府は、人民を画一化させ記号化させる事に成功した。多数派と少数派、その天秤の高さが入れ替わる寸前に全てを綯交ぜにして……。
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