―そう。僕は友人や恋人は愚か、実の家族の素顔すら生まれてこの方未見なのだ……。僕が離人症気味なのは、そんな社会機構が一因に成っている、と評しては責任転嫁に過ぎるのだろうか?
そこで僕はずっと疑念を抱いた侭生きている。他愛も無いと揶揄されるかも知れないが、人間は疑い出せば際限は無い。例えば自分が帰宅した時、出迎えてくれる家族は本当の血族なのか? はた叉、昨日迄同居していた人間と同一人物なのだろうか? 体型が似通っているとしたら、他人が家族に成り済ましていても容易に区別は付かないかも知れない。勿論ヘッドギアを着脱して他人と交換する事等は認証上の問題も在り不可能に近いのだが……。
只、こうして思考を繋げば全てに妄想の糸が絡んで行く。若し或る時期に、誰かが僕の友人や恋人に成り済ましていたとしたらどうだろう? いつ、誰と誰が入れ替わろうが何等支障無く円滑に生活は進行して行くかも知れない。そして、若しその相手を変装者だと気付かず交際を続けていれば僕は道化染みた間抜けでしかない。本人を見抜く事も出来ない程度の紐帯や愛情しか紡いで来なかった酷薄な人間、と言う結論付けすらされて仕舞う。
逆も叉然りで、或る日突然僕のヘッドギアを入手した者が居たとする。動機は兎も角、若しその盗人が僕に成り代わり、僕の役割を演じ始めたとしたら、一体どうなるだろう? その侭誰も感知せず、昨日と同様に平穏な日常が続くとしたら……。
そうなれば今迄築き上げて来た自身の人生や意味は全て崩壊する事になり、僕にはその不在感に耐えられる自信は無い。そもそも本人に本質が無く、生きて来た証が無い、なんて事実には……。
丸で臆病な幼児の妄想と嘲笑されるかも知れない。
『実は居間でテレビを観ながら団欒している家族が、自分の血族ではないのかも知れない』。飛躍して『自分以外の人達は全て宇宙人か何かではないか……』と言った類の、突飛で子供染みた想像に近いのは認める。しかしそんな疑心暗鬼に駆られる程に僕の内心は掻き乱されている。
寝惚け眼を擦りながらベッドから這い起き、机上のヘッドギアへ手を伸ばす時……、毎朝想う。
『僕は進んで仮面を被ろうとしているのか、進んで仮面に被られようとしているのか?』
『僕が仮面なのか、仮面が僕なのか?』……。
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