十数年来僕の顔で有り、人生の指針でも在ったヘッドギア。云わば肉付きの仮面……。僕はたった今、その顔を引き剥がし、棄てた。僕の自己証明で在った筈のそれは、社会から管理される為に必要だった筈のそれは、見るも無残な姿で地面に散乱しているのだった。
破損部分の所々から露出されたケーブル、機械部品。ヘッドギアはジージーと無機質な音響を延々と奏でていたが、断末魔は遂には果てて途切れた。その光景は何処か昆虫の死に際を彷彿とさせ、言い知れない哀切を漂わせている気がした。
……そして僕は、大衆に素顔を晒した今世紀初の人間に成ったのだ!!
酒の比では無い、高純度の薬物でも摂取した直後の様な酩酊と覚醒の中で。僕の四肢は風船を括り付けた様に、今にも浮遊しそうな程軽やかだった。狂喜に身体が自然と踊り出し、自身の身体では無いかの様に抑制が効かない。丸で内奥に在った不敵な別人格が引き摺り出されたかの様な心境。
生まれ変わった……、否、もっと適切に言うならば、『やっと自分自身に成れた』。そう想えた。
眼前に広がる光景すら何故か祝福された様に多幸感で満ち溢れ、宝石の海の如く煌めいている。
全てが台本の様に設定され進行して行く、予定調和の街……。僕はそんな仮面舞踏会を台無しにする招かれざる客となった。
一体この現場には何百何千の人数が居合わせているのだろうか?広場中を埋め尽くす人間達のヘッドギアから、一斉に機械音声がけたたましく鳴り始める。
「視線交錯率40%」
「……視線交錯率50、60、70……」
ヘッドギアが、他者の外貌を自動的に感知し警告音を発しているのだ。視線交錯率が100%に達すれば、信号を受信した警察が敏速に現場へと到着する。捕縛されれば、僕は第一級犯罪者として重罪処分を受ける事は言う迄も無い。
しかし今の僕に取ってはそんな切迫した警告音声すら、自分の為へと吹奏される祝福のファンファーレに感じられる。
「視線交錯率80%。警告シマス! コレ以上ヘッドギアヲ装着シナイデイル事ハ重大犯罪デス。警告シマス! コレ以上素顔ヲ外界に露出スル事ハ……」
僕は箍が外れ狂った機械人形の様に、哄笑がいつ迄も止められなかった。実際に警察が乗り出すであろう異例の事態へと突入し、現場に居合わせた市民達は申し合わせた様に互いの顔を見合わせる。ヘッドギア越しでも全員の困惑が手に取る様に感じられた。
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