しかしそれでも市井の反応が懸念なのか現実の事態を客観的に受け入れられないのか、彼の無意味な再読は止め処無く続いた。無味乾燥な低質の菓子でも、眼前に在れば空腹で無くとも攣られて食指を伸ばしてしまい、惰性で延々と貪り続ける……。そんな自律の無い怠惰にも似ていた。
一通りネット上の記事を読み漁ったが、数多の通信社は基より個人サイトに於ける話題の主軸も今回の通り魔事件に付いての言及ばかり……。そう、現在、時代を席捲する社会現象と迄加速し始めているのがヒルサイドでの発生事件……。
世間で最近浸透し始めた通俗的な表現で敢えて呼称するなら、この『デジタルマスカレード通り魔事件』なのだ。
横手の長机を見遣れば、机上には各種新聞、雑誌媒体が散乱しているが……。一度見遣ってしまえば氾濫する文字群は踊りながらロイトフの視覚に飛び込み、彼の胸奥へ更なる鈍重な追撃を与える。数十誌有るとしても、各誌の表紙や見出しはどれも申し合わせた様に『デジタルマスカレード通り魔事件』の特集ばかりなのだ。テレビ画面上でも同様で、娯楽番組や報道番組と云った分野の境目も無く、どの時間帯にどのチャンネルを廻しても確実に通り魔事件に関する話題へ突き当たる……。
電網が過密に張り巡らされた近代社会の情報の洪水の中、時代の本流を独走し注目を一身に集める存在。それがたった一人の、何処にでも居る平凡な学生だった筈の若者なのだ……。そして各種メディアは今回の事件に付け込み、容赦無く警察を糾弾する論調を展開している。民間、関連運動団体、企業、法的機関と、ありとあらゆる層からロイトフは槍玉に挙げられ弾劾され始めていた。四方八方からの苦情処理に追われ役職としての責任問題に迄発展している今、
彼は心身ともに疲弊し切っている。
(誤算だった。まさかこの私が世間から非難される立場に陥るとは……。当初は、誰もが今年の祭典も恙無く終了すると完全に思い込んでいた筈だ。確かに一時的にヘッドギア着脱を認可された劇団員の仮装姿は、全員が薄皮一枚と言う状態では在った。しかし外貌を晒す危険性が皆無とは言えなかったかもしれないが、よもや本当に危害を加える異常者が出現するとは誰も夢にも想うまい……。それは自殺志願と同義なのだから……。
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