そうだ、本来は私が悪い訳では無い……。警察上層部の長だからと言って、現場監督でも無かった私が八方から責められる等、余りにも理不尽では無いか! 古今から鑑みても、こんな精神異常者が現れたのは史上例に無い。悪いのは犯人自身に決まっているではないか、何故この私が、私が、私が……)
ロイトフは頭を抱え慨嘆する。
(何より犯人を逮捕出来た所で、問題は山積みだ……)
そう、通り魔の出現を予想するだけの先見力は発揮出来無かったものの、曲がり形にもロイトフは警察機関の頭目を張っていた。彼の慧眼ならば、既に次の局面は想定出来ているのだ。
―今回の事件を発端として、更なる問題が遺伝子形態の如く連鎖して行くと云う事は―。
(社会現象と認知される程の大事件が勃発すれば、当然法的機関の管理体制や防犯意識の是非が問われる。しかし何よりも懸念なのは、警察を糾弾する世論では無い……。
重大犯罪者を唾棄するのではなく、寧ろ大胆な行為者と看做し英雄視する、そんな影響者達こそが最も潜在的脅威なのだ……!
逃走中である犯人の追跡こそ目下の重大事項だが、水面下で潜行している社会的危険性は、寧ろ連鎖的二次犯罪を起こす『模倣犯』に在る……)
*
(こんな奴が現れてくれるとは……!)
PC画面上で再現される犯行映像を、飽く事無く反復させ観賞し続ける一人の青年―。『シド』と仇名されるその男は眼前の映像に息を呑んだ。
―ここは電脳都市インダーウェルトセインでも最大の集客数と規模を有するディスコクラブ『サイバーベルファーレ』。
今宵も盛況を観せるダンスホールの一角で、シドは饗宴に参加し踊り明かす事も無く、叉、訳知り顔を保った侭で遠巻きに光景を眺め遣る様な冷笑主義の手合いへ陥る事も無かった。
大音響のダンスミュージックが地下を震動させ人々の鼓膜を劈き、煌びやかな照明が身を包む中で……。人工的且つ無機質な音楽の奔流に原初的本能を刺激され、人々は内面の衝動を吐き出す様に踊り明かし、酒を酌み交わし、恋を囁き合う。
しかし今のシドには大音響の演奏やダンスの喧騒、見目麗しい美女達の存在、酒や電脳薬物等、危険や誘惑を匂わせる筈の全てが陳腐に想え微塵にも意識下には無かった。
(―地下世界が底無しの闇では無いと気付いたのはいつからだったろうか?)
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