現在迄の捜査方針……。それは無論逃走犯エスの捜索が主体ではあったのだが、時機が経過した事でその性質は徐々に変質化し始めていた。当初は凶悪事件勃発に由って世間から警察への指弾が集中したものの、張本人たる犯人の捕獲は数日間で完遂される容易な捜査だと想定されてもいたのだ。GPSでの捕捉は当然不可能なものの、四面楚歌の状況下で丸裸同然のエスを焙り出す事等は造作も無い、素顔がその侭目印へと転化し社会から浮き上がる異物等、否が応でも発見出来る……、と誰もが楽観視した。寧ろ当て所の無い閉塞に耐え兼ねて犯人が自首して来る、と言った可能性を視野に入れる者達が散見される程だったのだ。
……しかし、状況は不穏に変移している。個人の特定と市街全体の包囲に由る二段構えで捜査は進行していたものの、大方の予想を裏切りエスの影は一向に掴めなかった。エスが固定観念の裏を掻き地下世界へ潜伏していたと判明するも、追い詰めた矢先では部外者からの妨害も受け、再度の逃亡を許す……。この一件を受け、捜査方針は一旦白紙に戻らされた―。
ロイトフは、エスの家庭環境や学生時代の過去、知人友人の証言等を調査し件の犯行声明を読み解くに連れ、彼が一般市民に危害を加える可能性は希薄だと内心では捉えていた。衝動的な通り魔ではあるものの、彼は本来では寧ろ温厚で理知的な若者だったのではないか……。内面に混沌とした悪心を煮立たせた邪悪では無く、聡明で多感であるが故の希求に由る犯行……。そんな気がしてならなかった。
―彼は自己存在の不透明さに耐える事が出来なかった。
彼が疑問視し、敵対意識を感じたのはあくまでも世界の仕組みや成り立ちだ。革命へ打って出るとすれば、その攻撃対象は世界の構造を掌握する政府の様な国家権力に対してのみ……。彼の精神性を分析すれば自然とそう帰着する筈だ。
彼は彼なりに、警醒の意味も込めて行為へ及んだに違いない。故にロイトフ自身は、正味の所エスが一般市民に迄攻撃対象を拡大させる危険は無いと踏んでいたのだが……。
しかし正体不明の助力者も出現し、捜索隊を撃退する様な暴力性も確認された以上、警察としてはあらゆる可能性を考慮し検討せねばならない。事件周辺地域の住民からは不安の声も募っている。こうして事態が変移しているからには、周辺地域の警戒も更に強化するべきだろう。
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